リアンダー (軽巡洋艦)
| 艦歴 | |
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| 発注: | |
| 起工: | |
| 進水: | 1931年9月24日 |
| 就役: | 1933年3月24日 |
| 退役: | |
| その後: | 解体 |
| 除籍: | |
| 性能諸元 | |
| 排水量: | 7,270 t |
| 全長: | 554 ft (169 m) |
| 全幅: | 55 ft (17 m) |
| 吃水: | |
| 機関: | 72,000 bhp (54 MW) |
| 最大速: | 32ノット (59 km/h) |
| 兵員: | |
| 兵装: | |
リアンダー (HMS Leander, HMNZS Leander) はイギリス海軍およびニュージーランド海軍の軽巡洋艦。リアンダー級の1番艦。
艦歴
1931年9月24日にデヴォンポートで進水、1933年3月24日就役しイギリス海軍に加わった。1937年にニュージーランドへ貸与される。
1939年8月30日にオークランドを出航しファニング島へ守備隊を運ぶ任務に就いた。ファニング島からは9月13日に帰還した。9月後半には、キャンベル島とオークランド諸島がドイツの通商破壊艦の拠点になっていないかを調査したが、この調査では不審な点は見つからなかった。11月にもリアンダーはオークランド諸島の調査を行った。12月はドイツ艦の出現に備えてオークランドに留まっていた。1940年1月、リアンダーは兵員輸送船団US1の護衛に従事した。1月5日、リトルトンで兵士を乗せたデュネラII (Dunera II) とソビエスキー (Sobieski) を護衛してリトルトンを出航した。1月6日、ウェリントンから出航したオライオン (Orion)、エンプレス・オブ・カナダ、ストラスエアード (Strathaird)、ランギタタ (Rangitata) とその護衛の戦艦ラミリーズ、重巡洋艦キャンベラとクック海峡で合流した。リアンダーは1月10日のシドニー到着まで護衛を行い、それからニュージーランドへ戻った。
1940年5月、リアンダーはUS3船団の護衛に従事した。5月2日、リアンダーとオーストラリアの重巡洋艦オーストラリアは、アンキタニア (Aquitania)、エンプレス・オブ・ジャパン (Empress of Japan)、エンプレス・オブ・ブリテン (Empress of Britain) を護衛してウェリントンを出航した。クック海峡でアンディーズ (Andes) と重巡洋艦キャンベラが合流した。5月5日、シドニーに到着。そこでクイーン・メリー (Queen Mary) とモーリタニア (Mauretania) が合流した。同日シドニーを出航した。バス海峡でエンプレス・オブ・カナダが船団に加わり、5月10日にフリーマントルに到着した。5月12日、フリーマントル出航。リアンダーは5月16日に船団と別れコロンボへ向かった。5月19日、コロンボ到着。
1941年5月26日、アレクサンドリア到着。6月1日、アレクサンドリア出航。6月4日、ポートスーダンに到着。6月7日、ポートスーダンから出航し、翌日スループ、グリムズビー (HMS Grimsby) と接触した。グリムズビーはイタリア客船ウンブリア (Umbria) を追跡中であり、ウンブリアはイタリア参戦後の6月11日にポートスーダンで自沈させられた。6月13日、リアンダーはアデンに到着。6月27日、イタリア潜水艦エヴァンジェリスタ・トリチェルリ (Evangelista Torricelli) を撃沈。
1941年2月27日、モルディブ近海でイタリア船Ramb Iを沈めた。地中海で活動後1943年には太平洋へ戻った。
1943年7月13日、軽巡洋艦リアンダー、ホノルル、セントルイス、駆逐艦10隻からなるウォールデン・L・エインスワース少将の第36.1任務群はソロモン諸島のコロンバンガラ島沖で軽巡洋艦神通、駆逐艦5隻からなる日本艦隊と交戦した。このコロンバンガラ島沖海戦で神通が沈没したがリアンダー、ホノルル、セント・ルイスも雷撃で大破した。この損害によりリアンダーはその後は戦争に参加できなかった。
1945年修理完了してイギリス海軍に戻り1949年にスクラップとなった。
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