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中村正三郎 (政治家)

中村 正三郎(なかむら しょうざぶろう、1934年7月18日 - )は、日本の元政治家自民党清和研に所属していた前衆議院議員環境庁長官法務大臣、各省庁の政務次官も務めた。父は、衆議院議員であった中村庸一郎。

目次

来歴

慶應義塾大学法学部卒業後、富士製鐵に勤務。1979年10月7日第35回衆議院議員総選挙で初当選を果たす。派閥は福田派に所属。以後2003年11月9日第43回衆議院議員総選挙まで9回連続当選。

1991年には宮沢内閣環境庁長官として初入閣。1996年から、千葉12区浜田靖一コスタリカ方式を結ぶ。1998年には小渕内閣法務大臣に就任。閣僚就任による資産公開では約26億1千万円と閣僚中1位。法務大臣時代には、1998年11月に「本日、死刑確定者に対し死刑を執行した」という形で死刑執行の部分公開を行い、以後死刑執行の部分公表が慣例化された。下記不祥事が問題となり、1999年3月に法務大臣を辞任した。法務大臣在任中に合計で3人死刑囚に対して死刑執行を命令した。

2005年の郵政国会では採決では、検査入院中で、棄権。8月8日に衆議院が解散したことを受け、政界を引退した。

不祥事

  • 法務大臣在任中、不祥事疑惑がおこり国会を混乱させたとして辞任している。また法相就任直後に北島敬介検事総長を呼びつけ法務大臣との上下関係を明言したり、中央更生保護審査会で承認された無期懲役で仮釈放中の人に対する復権申請に対して「極悪人を復権させる必要などない」と発言するなど、問題行動が多かった[1]とされる。

シュワルツェネッガー問題

指揮権発動未遂問題

法務・検察にその可能性の調査を命じていた。

    • 私的な理由で指揮権を発動しようとしたことに批判が集まったが、隣人が違法行為をしていた場合のタレコミは、

公の立場の人間、特に大臣としては、その行為その物が疑問視されあるまじき行為とされる場合が多い。

    • 法務省、検察庁の幹部から「指揮権発動に該当する」と諌められたため、結局、捜査命令は撤回された。
    • 指揮権発動は造船疑獄時等しか例がなく、極めて稀である。

中村潰し

  • 中村を敵視していた人物も多く、長年中村潰しと呼ばれる嫌がらせ、特にマスコミへのガゼネタリークがあり、

実娘がAV出演していたとの虚偽の報道も有ったが、事実無根であった。代議士本人に対する攻撃は、しかたないと しても、何もしていない家族・子息にへも嫌がらせに及んだことは、その中村潰しの根源がいかに深いものかを 中村本人も他の議員も考えさせられた事件であった。家族子息には、何の罪も無い。過去に、その事実関係の詳細な 裏を取らずに、本稿への子息AV疑惑投稿も有ったが、必ずしも週刊誌やWEBに掲載される物がすべて正しいとは言えなが、 特定の人物を攻撃するには、格好の武器となり、代議士は、その立場からこれらの疑惑を背負う場合が多い。

先代:
愛知和男
環境庁長官
1991 - 1992
次代:
林大幹
先代:
下稲葉耕吉
法務大臣
1998 - 1999
次代:
陣内孝雄
[ 中村正三郎 (政治家) ]の改訂履歴 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』
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