学力偏差値
学力偏差値(がくりょくへんさち)とは、偏差値を応用したものの一つであり、学力検査の結果を偏差値に換算したものである。日本において、一般に偏差値という場合、特に学力偏差値を指すことが多い。
数学的な定義上、必ず平均=50になる。そのため、平均点やばらつき具合(分散あるいは標準偏差)がことなる試験の結果を比較する際に便利である。全てのデータの分布が、理想的な正規分布に近い場合は、40から60の間に約68.3%、30から70の間に約95.4%、20から80の間に約99.73%、10から90の間に約99.9937%、0から100の間に約99.999953%が含まれる事が知られている[1]。つまり、
- 偏差値60以上(あるいは40以下)は、全体の15.866%いる。
- 偏差値70以上(あるいは30以下)は、全体の2.275%いる。
- 偏差値80以上(あるいは20以下)は、全体の0.13499%いる。
例えば、大学受験生が全国に100万人いる場合、偏差値80以上の人は全国にほぼ1350人いることになる。
もともと、日本陸軍の砲兵の訓練時に、各自の得点を比較するために、単純な点数を、偏差値に直してから比較したことが始まりと言われる(統計数理研究所の資料より)。
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入学試験の偏差値
学校の入学試験では、合格可能性を表すものとして偏差値が広く使われている。偏差値を判定するのは、学習塾や予備校が大規模に受験生に対して行なう模試などである。
( 得点 - 平均点 ) ÷ 標準偏差 × 10 + 50
で求められ、ある人の得点が、平均点と同じだった場合、その人の偏差値は50となる。一般には教科の違いや問題の難易度の違いにより、各試験の平均点や標準偏差は異なるため、様々な試験の成績を、単なる100点満点等の点数だけで、単純に比較することは出来ない。従って、それらを常に平均が50、標準偏差が10となるスコアに変換し、比較可能な数値にするために用いられる。また、理論上は0未満や100を超える偏差値も有り得る。
誤解と迷信
偏差値は正規分布に近い分布をする場合に点数から順位などを導くために有効であるが、分布が正規分布から離れると誤差が大きくなる(ただし現実には、データ人数(ケース数)が数百以上など大きい時は、データが正規分布していると見なしても問題ないことが大半である)。一般にはそういう分布と誤差に関する情報が十分知られていないために、盲目的に万能の指標として使えると誤解されていることも多い。たとえば、一次試験で足切りをすると点数の分布は最低点で切り立ったようなものとなり正規分布とはかなり離れてしまう。このような場合でも標準偏差や平均値は計算可能であり、それから偏差値を導くことも可能だが、指標としては役に立たなくなる。偏差値が指標として使われていた場合には、母集団の分布が正規分布に近いかどうかの確認が重要であり、母集団の得点分布が公表されていなければ指標としての精度が低い場合もあることを知っておくべきであろう。例えば、データとはある模擬試験全員の点数、母集団とは日本全国のその年の受験生全員の点数である。この場合、受験生全員の得点分布は、通常分からない(全数調査をしない限りは不明)ので、母集団の特性は分からない。だが現実には、母集団が正規分布していると考えて問題ない。なぜなら、母集団が大量な場合、平均点に近い人が大人数で、平均点から遠く離れた(分散の大きい)高得点や低得点の人がごく少人数であることは、経験的に明かだからである。
高校受験
高校受験では、教師の桑田昭三が受験生にどれくらいの合格確率があるかを、ある模擬テストによる点数や順位よりも正確に判断するため、独自の研究により「偏差値」を編み出した。以後、かなり広く使われ、教育現場では重宝していたが、'80年代になって「偏差値」=「その生徒の存在価値」かのような位置づけとして悪用をされ、教育委員会等で問題となった(開発者、桑田昭三は偏差値が悪者扱いされてしまったことを心底残念に思っている)。
やがて文部大臣鳩山邦夫や文部官僚寺脇研の提案により、公立中学校での進路指導時に使うことが禁止され、ほぼ同時期に一斉業者テストも廃止された。
中学受験
中学入試でも偏差値は広く使われている。首都圏での代表的な模試業者は、日能研、四谷大塚、首都圏模試センターである。なお首都圏模試センターは中小規模の学習塾が共同して設立したものである。
注意すべきなのは、高校受験の偏差値は、中卒者の97%に及ぶ高校進学者の大部分が模試を受けた者であるのに対し、中学受験の模試を受けるのは小学生のごく一部であり、平均的な小学生よりも学力の高い受験生が主体であるため、同じ併設型中高一貫校・同じ生徒であっても、中学受験時の偏差値の方が高校受験時の偏差値よりも低くなりがちということである。例えばA学園中学校の入学偏差値が40だったとすると、併設のA学園高校の偏差値は52であるという風になる(上位校はこれほど変わらない)。ただし河合塾などの高校模試受験者は中学生の上位成績者が母体なのでこれに当てはまらない。
小学生に偏差値教育を施すことについては教育を歪めるという批判がある。すなわち、本来人間の価値は多様な尺度で計られるべきなのに、偏差値という一つの物差しで計り子供たちに押し付けることで子供たちが次第に影響を受けて偏差値が高い人間が偉い、低い人間は価値が低いと思い込んでしまうということ、それが他者への蔑視や逆に自信喪失につながるという問題点が指摘されている。大人と違って多様な社会を知らないため、与えられた尺度をすべてと思ってしまう危険は大きいといわざるを得ない。
しかし中学受験においては便利なものであるため、入試制度もしくは教育制度が根本的に変わらない限り、使われ続けると考えられる。
大学受験
偏差値導入初期~昭和末期には大学進学率自体が低く、平均的模擬試験受験者の学力水準も現在と比較して高かったため、偏差値50程度の学生でも今でいう難関大学に進学できた。当時は東大でさえ、偏差値60程度であった。 しかし、現在においては大学進学率の飛躍的向上とともに、低学力層の模擬試験受験が増加し、その結果従来と同じ大学に入学するために要求される偏差値が高く出る傾向にある。概ね、現在の有名予備校の偏差値65は昭和の偏差値55程度である。
但し、近年は少子化に伴う志願者の減少のため、中位ランクの大学を中心に偏差値が下落している傾向にある。
しかしここで注意が必要となるのは、偏差値自体はある特定の母集団の中における本人の学力的な位置を表しているだけに過ぎず、そこで得られた平均偏差値の多寡がその大学の社会的評価と直結しているものではないということである。「ランク」はあくまで予備校等が自社の行う模擬試験によって各自算出しているに過ぎないものであり、社会において世代などを超えて普遍的な価値を持つものではない。
また大学受験の場合、受験する模擬試験の違いだけでなく、入試科目の違いから理系と文系、国公立と私立は単純に数値のみで比較できない。一例を挙げれば東京大学理科II類の入試偏差値は、東京大学文科II類のそれを下回っていることが多いが、東京大学理科II類の評価が東京大学文科II類より必ずしも低いとは限らない。
また概して入試科目数を少なくするなるほど偏差値が高くなる傾向にあるためか、入試科目数を1科目や2科目にまで減らす大学もあるが、これらの大学では学生が基本的な数学の問題を解けないなどの弊害が発生するケースがある。
さらに、入試科目だけではなく、入試自体を複線化し、AO入試を含む非学力入試の比率を相対的に増加させることによって、人為的に「狭き門」を作り出し、学力偏差値を維持したり、上昇させたりする試みが、多くの大学で用いられつつある。私立大学の偏差値とは入学者全体の偏差値とは大きくかけ離れているというところが、実情である。文部科学省は、定員の50%までの推薦入試枠の設定を認めてきているうえに、実質的に推薦入試化しているAO入試を推薦入試規制の枠から外している。したがって、実質的には、大学側は、定員の50%を超える数を推薦入試で取ることが出来るようになっている。そういう中で、立命館アジア太平洋大学のように、予備校に推薦入試枠を設定する事例まで出てきている(予備校に推薦枠 早稲田塾)(ECC予備校・ECC個別指導学院が立命館アジア太平洋大学の指定校に認定!)。
なお、偏差値というのは受験者の平均成績に対してどの程度離れているかを表す数値であるため、平均点が低く、かつ多くの受験生の得点がその付近に集中しているというようなテストで高得点を取った場合には、偏差値が100を超えることも稀にある。無論そのような場合出題による受験生の相性もしくは出題そのものが適正であったかを考慮する必要もあり偏差値による評価の限界がある。
