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日産自動車

日産自動車株式会社
Nissan Motor Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7201
NASDAQ NSANY
略称 日産
本社所在地 104-8023
東京都中央区銀座六丁目17番1号※
設立 1933年12月26日
業種 輸送用機器
事業内容 自動車現行車種を参照)
代表者 取締役共同会長兼社長兼最高経営責任者 カルロス・ゴーン
資本金 6,058億1,400万円
2007年3月31日現在)
売上高 単体:3兆6,089億3,400万円
連結:10兆4,685億8,300万円
(2007年3月期)
総資産 12兆4,022億800万円
(2007年3月期)
従業員数 単体:3万2,117人
連結:16万9,644人
決算期 毎年3月31日
主要株主 ルノー:44.3%
主要子会社 日産車体株式会社
ジヤトコ株式会社
外部リンク

http://www.nissan.co.jp/

※登記上の本店:
神奈川県横浜市神奈川区宝町2番地
  
日産自動車本社(2009年にみなとみらい21に移転予定)

日産自動車株式会社(にっさんじどうしゃ) (英語名: Nissan Motor Co., Ltd.)は、東京都中央区に本社を置く自動車メーカーである。日本のビッグスリーの一角。通称とブランド名は「日産(NISSAN)」。日本国外の一部では、高級車ブランドである「インフィニティ(INFINITI)」も展開する。

目次

概要

経営体制

GT-R
プリンス・スカイライン

芙蓉グループ(旧富士銀行系列)に属する東証一部上場の日本企業であり、現在はフランスの自動車製造大手のルノーの傘下である。関連会社にトラック専門の日産ディーゼル工業ボルボに売却)や、モータースポーツ専門のニスモなどがある。歴史的経緯(日産コンツェルン)によって日立製作所と関係が深い。

現在、親会社のルノーから派遣されたレバノンブラジル人(フランスとの2重国籍)のカルロス・ゴーンが取締役共同会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)を務める。なお、カルロス・ゴーンは2005年4月より親会社のルノーのCEOも兼務しており、現在はゴーンCEOの指揮の元、日産出身の志賀俊之がCOO(最高執行責任者)を勤める。

「技術の日産」

一時期企業スローガンで「技術の日産」と称していたように、創業期より先進技術の吸収に積極的で、第二次世界大戦前の段階ではゼネラルモーターズの技術や資本導入を目論み、あるいは戦後はオースチンとの提携下で乗用車のノックダウン生産を展開するなど、ルノーの傘下に入った現在にいたるまで外国企業との連携には余り抵抗感を持たない。

1966年に高い技術力を誇ったプリンス自動車工業株式会社と合併し、同社の技術がフィードバックされたことで技術の日産と巷間呼ばれるようになるが、その反面、技術偏重の社風より販売政策は余り上手いとは言えず、しかも組合闘争とそれにあわせた内部権力闘争が経営の足を引っ張り、オイルショックの頃から長くライバル視してきたトヨタ自動車に営業成績において差を広げられてしまった。

経営危機

シーマ
二代目マーチ

しかし1980年代には「90年代までに技術世界一を目指す」という名の下、全車種を対象にシャシー、エンジン、サスペンション、ハンドリング等の技術開発に力を注いだ「901運動」がおこなわれており、日本車の技術向上に大きく貢献したとの評価がある。

詳細は901運動を参照

1980年代後半のバブル景気時代には、当時日本唯一の3ナンバー専用の高級車であるシーマやシルビアをヒットさせた他、「901運動」のもとに開発されたスカイラインGT-Rが高い評価を得るなど存在感を示していた。

しかしバブル崩壊後は財務体質が悪化。もともと販売戦略が不得手な上に、サニー、ブルーバード、シルビア、ローレル、スカイライン、セドリック/グロリアなどの主力車種における商品戦略やデザインなどの面でも失敗したことからヒット車種が出ずに販売不振に陥ってしまい、軽自動車市場の拡大を背景に、軽自動車を含めた国内シェアでは一時ホンダに抜かれ第3位に転落。1998年には約2兆円もの有利子負債を抱えるほどにまで財務内容が悪化し、経営危機に陥ってしまった。

しかしその中でも、2代目セフィーロや初代エルグランド、2代目マーチなどはコンスタントに販売台数を記録し、経営危機に陥っていた日産をなんとか支えていた。

ルノー傘下へ

カルロス・ゴーン
ルノー=日産アライアンス
両社共通の「アライアンス・Bプラットフォーム」を使用するルノー・クリオ

継続的な販売不振により2兆円あまりの有利子債務を抱え倒産寸前の経営状態となった1999年3月、フランスの自動車メーカー・ルノーとの資本提携(後述「ルノー=日産アライアンス」)を結び、同社の子会社として更正を図ることとなった。当初は両社の文化的土壌の違いやラインナップの重複、日産自動車の負債の大きさや労働組合の抵抗などを理由に、同業他社やアナリストをはじめとする多くの専門家がその行き先を危惧した。

同年中に日本人社長の塙義一は解任され、ルノー会長兼最高経営責任者(CEO)であったルイ・シュヴァイツァーにより同社副社長のカルロス・ゴーンレバノンブラジル人)が新たな最高経営責任者に就任した。ゴーンらのチームは、同年10月に発表した「日産リバイバルプラン(NRP)」のもとリストラを進めた。

東京都武蔵村山市にある村山工場や京都府宇治市の日産車体京都工場などの生産拠点の閉鎖、資産の売却、人員の削減などとともに、子会社の統廃合や取引先の統合、原材料の仕入の見直しなどによるコスト削減が行われた。更に、車種ラインナップの整理と同時にデザインなどを刷新し、積極的な新車投入を行った結果、販売台数は増加。国内シェアでは第2位の座を奪回し、2003年6月には負債を完済した。

ルノー=日産アライアンス

「ルノー=日産アライアンス」とは称するものの、両社は親子関係にあるため、実態は「アライアンス(同盟、協力)」と示されるような対等な関係ではないことに留意すべきである[1]

2006年5月現在、ルノーは日産株の44パーセントを所有し日産を実効支配しているが、日産の所有するルノー株は全体の15パーセントである。さらに、フランスの法律により日産の保有するルノー株には一切の議決権が付随していない。従って、資本関係上は日産がルノーの連結子会社とされる一方で、日産がルノーに対して有する権限は一株主未満のものである。当然ながらルノーからは多くが日産の役員として送り込まれており、ルノーに日産出身の役員は皆無である。

他方、株式資本の総額は日産本体のほうが多く、「日産に投資するより、親会社のルノー本体に投資するほうが利にかなう」という逆転現象が起きている。ルノーは、買収後に多くの資本と人的なパワーを投下し日産の業績を急回復させたことにより、これまでに莫大な配当益を得ている。

ビジネス上では、車台(プラットフォーム)やエンジン、トランスミッションなどの部品の共通化、購買の共同化などを通じてコストダウンを図っているほか、ルノーの車を日産ブランドで販売、日産車をルノーのブランドで販売するなどの相互のOEM供給が行われている。2005年1月には、当時のルノー会長のルイ・シュヴァイツァーが、「2010年までに日産自動車とともに世界市場の10%のシェアを確保し、年間400万台の生産を達成する」という目標を掲げた。ルノーでは傘下の日産を含めて、自社がフォルクスワーゲン・グループを上回る欧州最大の自動車メーカーであるとしている。

現在

ゴーンは日産自動車の建て直しの手腕が高く評価され、2005年4月からは親会社のルノーのCEOも兼務しており、現在はゴーンCEOの指揮の元、日産自動車生え抜きの志賀俊之がCOO(最高執行責任者)を勤める。しかしながら、日産自動車の3カ年経営計画「日産180」(全世界での売上台数を100万台増加させ、8%の営業利益率を達成し、自動車関連の実質有利子負債をなくす)における販売台数目標達成のために、計画終了(2005年9月30日)前に集中して新型車投入を行ったことによる、計画終了以降の国内やアメリカ市場における販売台数の低迷や、ゴーンなき後を見越した権力闘争など、深刻な問題を残したままの親会社への復帰に疑問の声も上がっている。

なお、ゴーン体制のもと系列解体の急先鋒となり、非日産系部品メーカーや海外メーカーからの部品仕入れを積極的に行ったが、近年は日立製作所と組んで部品メーカーの囲い込みに力を入れている。

沿革

ダットサン15
ダットサン1000
プリンス・グロリア
スカイライン・GT-R
ティーダ
建設中の新本社ビル(2008年4月)
  • 1911年東京市麻布区(現在の東京都港区麻布)に「快進社自働車工場」設立。
  • 1919年大阪府に「実用自動車製造株式会社」設立。
  • 1926年:「実用自動車製造株式会社」と「快進社自働車工場」が合併し、「ダット自動車製造(本社:大阪)」設立。
  • 1931年戸畑鋳物株式会社(現在の日立金属)(本社:北九州市、社長:鮎川義介)の傘下に入る。(事実上の企業買収)
  • 1932年ダットサンのブランドが誕生「ダットサン商会」設立(吉崎良造が開設)。
  • 1933年ダット自動車製造と石川島自動車製作所が合併し自動車工業株式会社[1]横浜市神奈川区に設立される。
  • 1933年:戸畑鋳物株式会社がダット大阪工場を70万円で購入(しかし、ダットサン(自動車)の製造権と設計技術者の後藤敬義、そして一群の人員は自動車工業株式会社にあるままであった。)
  • 1933年:戸畑鋳物株式会社の鮎川義介の懇願により、製造に関する一切の権利を自動車工業株式会社より「ダットサンの製造権」[2]を無償で譲り受ける。12月に鮎川義介はダットサンの製造のために「自動車製造株式会社」[3]を設立する。
  • 1934年6月1日日産自動車株式会社に改称した。創業者は戸畑鋳物株式会社社長の鮎川義介である。鮎川は創立と同時に同社取締役社長に就任した。
  • 1944年:9月、東京都日本橋区(現在の中央区)に本社移転。日産重工業株式会社に商号変更。
  • 1946年:同年1月、本社事務所を再び横浜市に移転。
  • 1949年:8月に「日産自動車株式会社」の商号に復帰。
  • 1952年:イギリスのオースチン社との技術提携を元にしたノックダウン生産を開始。
  • 1966年:名車スカイライングロリアを持つ「プリンス自動車工業株式会社」(富士重工業等と共に分割解体された旧中島飛行機の一部冨士精密工業の後身)と合併。
  • 1967年:宮内庁に、初の国産御料車プリンスロイヤル」を謹製・納入
  • 1968年:東京都中央区銀座木挽町の現社屋に本社事務所を移転。
  • 1970年代1980年代第二次世界大戦後からシェアを積み上げ、一時はトヨタ自動車につぐ日本国内第2位のシェアを占めたが、バブル崩壊後財務が悪化したうえ、デザインや商品戦略などの面でも失敗。販売不振に陥り、国内の販売台数ではホンダにつぐ第3位に転落。
  • 1989年:スカイラインGT-Rが復活。
  • 1990年代後半:販売不振に塩路一郎委員長率いる強固な労働組合との激しい抗争が深刻化し、経営危機がささやかれる。
  • 1999年:3月に、フランスのルノーと資本提携し、ルノー=日産アライアンスを結成しルノーの傘下になる。6月にルノー副社長のカルロス・ゴーン(現CEO)が最高執行責任者(COO)に就任し、リバイバル・プランを発表した。
  • 1999年:12月に日産自動車社員が関係した、他の社員に対するリンチ殺人事件が発生。
  • 2001年:ゴーンが6月に社長最高経営責任者(CEO)となる。
  • 2002年スズキより、軽自動車MRワゴン」のOEM供給を受け、「モコ」として発売開始。軽自動車市場へ参入を果たし、ゴーンが「日産リバイバルプラン」の目標達成を宣言した。同時期に車種について、あまり利益が見込めないことや近代への日産にはあわないことから、セドリック(現在商業者向け販売)やグロリアローレルおよびサニーといった日産を代表する車種の名(歴史)を捨て、新たに歩み始める。その第1号としてローレル&セフィーロの後継車にあたるティアナ(2003年)を投入。ティアナのデザインは、これからの日産の回復と象徴的デザインの1つと見られる。2004年9月にはサニーの事実上の後継車である、ティーダを発売。
  • 2005年:4月より従来の販売会社別での取り扱い車種を撤廃、全販売会社(レッドステージ&ブルーステージ)ですべての車種の購入が可能となる。それに伴い、事実上のセドリック・グロリア後継車としてフーガを誕生させる。
  • 2005年:経営再建中の三菱自動車工業との包括的な事業提携。それに伴い、事業提携の一環として三菱製軽自動車eKワゴンのOEMとしてオッティを投入。
  • 2005年:4月にゴーンが親会社のルノーの会長兼CEOに就任、日産の会長兼CEOも兼務する。
  • 2005年:9月に、ゴーンが進めてきた日産180(リバイバル・プラン)を終了。その後日米市場で販売台数が急落する。
  • 2007年:12月、スカイラインの名前を捨て、新たな道を歩む日産GT-Rを販売開始。
  • 2009年:当初は、2010年をめどに企業誘致に熱心な横浜市の「横浜みなとみらい21(MM21)地区」66街区に本社を移転する予定であったが、2009年に横浜開港150周年を迎えるを機に1年前倒しとなった。2007年春に着工する予定。この本社立地にあたり、神奈川県から施設整備等助成制度及び横浜市から企業立地等促進特定地域における支援措置を受けることができる。新社屋は建築家谷口吉生の設計。

脚注

  1. ^ 自動車工業株式会社東京瓦斯電気工業と合併し、東京自動車工業を経てヂーゼル自動車工業となる。その後、日野重工業(後の日野自動車)が分社、戦後ヂーゼル自動車工業はいすゞ自動車となる。
  2. ^ 東京自動車工業の設立は、商工省の意向による軍用保護自動車および商工省標準車いすゞの生産を主体としたものであり、ダットサンの如く小型車製造はその対象外であった。
  3. ^ 自動車製造株式会社は日産の源流であり、自動車工業株式会社と名前は似ているが別会社である。

歴代社長

  • 初代:鮎川義介(あゆかわ よしすけ、1933年(S8)12月~1939年(S14)5月)
  • 2代:村上正輔(むらかみ まさすけ、1939年(S14)5月~1942年(S17)2月)
  • 3代:淺原源七(あさはら げんしち、1942年(S17)3月~1944年(S19)9月)
  • 4代:工藤治人(くどう はると、1944年(S19)9月~1945年(S20)6月)
  • 5代:村山威士(むらやま たけし、1945年(S20)6月~1945年(S20)10月)
  • 6代:山本惣治(やまもと そうじ、1945年(S20)10月~1947年(S22)5月)
  • 7代:箕浦多一(みのうら たいち、1947年(S22)5月~1951年(S26)10月)
  • 8代:淺原源七(あさはら げんしち、1951年(S26)10月~1957年(S32)11月、3代目社長の復帰)
  • 9代:川又克二(かわまた かつじ、1957年(S32)11月~1973年(S48)11月、1986年3月29日逝去)
  • 10代:岩越忠恕(いわこし ただひろ、1973年(S48)11月~1977年(S52)6月、1981年3月19日逝去)
  • 11代:石原俊(いしはら たかし、1977年(S52)6月~1985年(S60)6月、2003年12月31日逝去)
  • 12代:久米豊(くめ ゆたか、1985年(S60)6月~1992年(H4)6月、現日蘭協会・(社)日本自動車会議所 顧問)
  • 13代:辻義文(つじ よしふみ、1992年(H4)6月~1996年(H8)6月、2007年2月11日逝去)
  • 14代:塙義一(はなわ よしかず、1996年(H8)6月~2000年(H12)6月、現同社名誉会長)
  • 15代:Carlos Ghosn(カルロス ゴーン、2000年(H12)6月~)

販売車種

詳細は日産自動車の車種一覧を参照

日産生産方式(Nissan Product Way)

日産自動車が21世紀の生産・販売戦略として導入した生産方式。顧客の注文に基づく詳細な生産指示書を関係工程に指示し生産する方法で、これにより受注から納車までの時間が最短で3日という迅速な生産を実現した。現在、インフィニティブランドを取り扱う栃木工場などに導入されている。

ロゴマークの由来

日産自動車のロゴマークはもともと「ダットサン」で使われていたもので、吉崎良造(よしざき りょうぞう)と田中常三郎(たなか じょうざぶろう)がシボレーのマークにヒントを得て、赤の日の丸と太陽をベースに天空をモチーフとしたコバルトブルーをいれ、真ん中に白で横一文字で「DATSUN」と書かれていたのが前身である。(なお、1937年に制定された社章=記章、株券等に使用していた=は、日の丸の真中に一本の横棒を挿入し、周囲を“日”を抽象化したもので囲ったもので、日立や日本興業銀行の社(行)章と類似していることから、発足時からの「日産・日立・興銀」の関係も表していた、とされている。現在は「至誠天日を貫く」と位置づけられている。)

その後、文字を筆記体のカタカナで「ニッサン」と書き直し日産コンツェルン全体の社紋として統括企業に普及するが、戦後の財閥解体とともに日産自動車のみの社紋としてローマ字表記の「NISSAN」に変更となった。

創業50周年を迎えた1983年にはアメリカのペンタグラム社が制作したロゴマーク及び指定フォント(書体)に一新され、さらに1999年以降のルノー傘下になってからのゴーン体制下でデザインが社内コンペで募集され、より立体的なものへと小変更され現在に至る。ちなみに、このとき採用されたロゴのサンプルは現在でもゴーンのオフィスに飾られているという。

赤・白・青は、日産自動車のコーポレートカラーにもなっていて、トリコロールの愛称で日産らしさの象徴としても親しまれている。

キャッチフレーズ

メイン・キャッチフレーズ

  • 世界の日産(1960年代)
  • 技術の日産(1970年~1991年)
    • なお、技術の日産は20年以上に渡って使用された。
  • 人とクルマの明日をめざす 技術の日産(1970年~1981年)
    • 1971年1974年までは人とクルマの明日をめざす 日産自動車がキャッチフレーズだったが、1975年登場の4代目セドリック以降は企業名がなくなり、前述のキャッチフレーズが使われるようになった。
  • 世界に愛される 先進技術の日産(1982年)
  • もう走り始めています 21世紀へ 先進技術の日産(1983年~1985年)
    • (提供スポンサー読みは『21世紀を目指す 先進技術の日産』であった。)
    • 1983年の創業50周年を機に、米ペンタグラム社が製作したロゴマーク及び指定フォント(書体)に一新された。
  • Feel the Beat もっと楽しく感じるままに 技術の日産(1985年~1991年)
  • LIFE TOGETHER 人間のやさしさをクルマに(1991年~1998年)
  • クルマのよろこびを(1999年)
  • SHIFT_the future2001年~)
    • 最近のCMでは使われていない。
    • カルロス・ゴーンが社長兼最高経営責任者に就任した2001年からロゴマーク及び指定フォント(書体)が一新された。ロゴは社内コンペ、企業フォントは後述のTBWA開発の「NISSAN AG(Aktidenz Groteskの日産バージョン)」とモリサワ新ゴ」の組合せ、車名バッジは先代ブルーバードシルフィからNE-01というフォントに基本的に統一されている(ただし車種によって若干のアレンジがあり、また、キューブキューブキュービックオッティおよびGT-Rはフォント統一の対象外となっている)。
    • なお、日産ディーラーの各販売店の大型看板(BLUESTAGE.REDSTAGE.RED&BLUE)の指定フォント(書体)は、1983年に米ペンタグラム社が製作した指定フォント(書体)を引続き使用している。
    • なお、現在のキャッチフレーズは、全世界で日産自動車の広告活動を担当しているアメリカ広告代理店であるTBWAが開発した。

サブ・キャッチフレーズ

  • 無理のない運転で、貴重なエネルギーを大切に(1970年~1985年)
  • 人とクルマの調和をめざす(1970年代前半)
  • 安全は人とクルマで作るもの(1970年~1985年)
  • シートベルトは“安全ベルト”正しく使う習慣を(1970年~1985年)
  • スペース・テクノロジー(1983年)
    • 1983年の創業50周年を記念し、米ペンタグラム社が製作したロゴマーク及び指定フォント(書体)に一新され、数々の50周年特別仕様車(ヒィフティー・スペシャル)などを取り揃えたキャンペーンCMの専属キャラクターとして、読売ジャイアンツ王貞治助監督(当時)が起用された。
  • 20世紀の残りは日産がおもしろくする(1990年~1991年)
    • キャンペーンCMの専属キャラクターとしてBEGINが起用された。
    • CM曲は、BEGINの「恋しくて」。
  • いい運転 日産からのお願いです。(1990年~1991年)
  • 熱血業界宣言(1990年代前半)
    • 企業CMとして展開していた、「熱血業界宣言」キャンペーンの専属CMキャラクターとして、柳葉敏郎森尾由美村井国夫桜金造などが起用された。
    • 1990年秋に、日産販売会社のセールス(カーライフアドバイザー)の物語をドラマ化した「熱血業界宣言」(柳葉敏郎主演)が、フジテレビで金曜日午後9時から放送の「男と女のミステリー」で1話完結で放映された。
    • 後に、専属のCMキャラクターは吉田栄作に引き継がれた。
  • スピードおさえていい運転(1991年~)
  • 変わらなきゃ(1995年)
  • 変わらなきゃも 変わらなきゃ(1996年)
  • もっと日産になる(1997年~1998年)
  • NISSAN, RENAISSANCE(1999年ルノー傘下入り以降)
  • SHIFT_complement word2004年~)
    • サウンドロゴは車種によって異なり、基本的には一部改良も含め2004年秋のムラーノ以降発表された世界中の新型車にそれぞれつけられることになっていて、複数車種掲載時や企業広告には、SHIFT_expectations(日産は、期待感をシフトする。)を使用し、翌年夏ごろから企業広告コピーをSHIFT_the futureに戻す。
    • なお、現在のキャッチフレーズは、全世界で日産自動車の広告活動を担当しているアメリカ広告代理店、TBWAが開発した。
  • SHIFT_ワード(○○をSHIFTする)
    • 最近のCMでは専らこれが使われる。

フェア&イベント・タイトル

  • 日本全国日産デー(1983年~1992年、1994年)
    • 1986年~1987年頃に展開されていたCMには、当時デビューして間もない、歌手・タレントの西村知美がCMの専属キャラクターとして起用されていた。
  • ヨンセンマン(1992年)
    • 日産自動車の生産累計台数が4000万台達成した事を記念し、数々の特別仕様車が発売され、車のボディをモチーフにした顔が特徴的な「ヨンセンマン」のCGアニメキャラクターが存在していた。
  • 熱血大感謝フェア(1993年)
    • 1993年の創業60周年を記念し、数々の60周年特別仕様車などを取り揃えた、「熱血大感謝フェア」と名付けたキャンペーンCMの専属キャラクターとして、「熱血業界宣言」キャンペーン専属のCMキャラクターを務める吉田栄作をはじめとして、島崎俊郎神田利則中山美穂松居直美中條かな子が起用された。
  • イチロニッサン(1995年~1999年)
    • 1993年から1994年にかけて、日産は相次いでフルモデルチェンジした新型車を投入していたが、新型車の評判がフルモデルチェンジ前の旧型車と比較して芳しくなく販売不振が続き、その結果、人気度・信頼度・企業イメージが低下していた日産全体の建て直しと、タクシー・パトカー・教習車モデルを除く乗用車全車種に、運転席SRSエアバッグを標準装備した事で他メーカーとの差別化を図った事による、販売回復の起爆剤になることを願って、野球選手のイチロー、野球解説者の原辰徳、サッカー選手の川口能活、ボクシング選手の辰吉丈一郎、タレントのかとうれいこといったの大物スポーツ選手、タレントをCMに起用し、「変わらなきゃ」、「変わらなきゃも変わらなきゃ」「イチロ・ニッサン」「こんどの週末は、イチロ・ニッサン」「エアバッグなら、イチロ・ニッサン」「エアロRVなら、イチロ・ニッサン」「イチロ・エアバッグ」「イチロ・エアロ」「ワゴンボックスに乗ろう」などのキャッチフレーズで好評を得ていた。
    • ワゴンボックスに乗ろう」のキャッチフレーズのCMでは、元マラソンランナーの増田明美が、マラソンの実況解説風のCMナレーションを担当していた。
    • それに対して、危機感を抱いたライバルメーカーのトヨタ自動車は、全車種エアバッグに加えてABSを標準装備にして、ライバルの野球選手である野茂英雄、ABSという駄洒落的なネタに因んでタレント・漫画家の蛭子能収をCMに起用して日産自動車に対抗していたが、こうした安全装備の標準化による日産VSトヨタでの販売競争が他メーカーにも波及し、後に、軽自動車を除くほとんどの国産車でエアバッグとABSが標準化されるきっかけともなった。

各系列販売会社・オリジナルキャッチフレーズ

  • ブルーバード販売会社へようこそ(1991年~1992年)
    • ブルーバード」をメイン車種として取り扱う、日産系販売会社オリジナルのCMにとんねるずが起用され、「ブルーバード販売会社活動報告」に始まり「ブルーバード販売会社へようこそ」で締めくくる日産系販売会社オリジナルのTVCMが、ブルーバードU12型モデル末期からU13型発売当初の頃まで放映されていた。
  • いい走り。いい生き方。日産プリンス(1997~1999年)
    • 旧・プリンス自動車の車種「グロリア」「スカイライン」を取扱うプリンス系販売会社のCMに女性歌手の相川七瀬が起用され、「いい走り。いい生き方。日産プリンス」のキャッチフレーズで、「スカイライン」に代表される走行性重視のスポーツ系車種をメインに取扱っている独自性をアピールしていた。
    • なお、プリンス系販売会社のオリジナルCM曲として起用された、相川七瀬の楽曲の第1弾目は「Love merry-go-round」であり、第2弾目は「Bad Girls」、第3弾目は「○○○○?」である。

エンジン型式について

この項目ではについて扱っています。閲覧環境によっては正しい色が表示されない可能性があります。

日産では、1960年代以降、以下のような規則でエンジン型式を定めている。

1
2
3
4
5
エンジン系列名 排気量(100cc未満は四捨五入) バルブ機構 燃料供給方式 過給器

1 エンジンのシリーズ名をアルファベット1~2文字で記す。80年代の前半までは1文字のものが多かったが、現在はすべて2文字である。

  • オースチンBMC)「Aタイプ」をコピーした「A」(部品レベルの完全なコピー)
  • メルセデス・ベンツロッカーアーム(locker arm)式OHCのコピーで「L」
  • もと「プリンス自動車」の「G」系はそのまま「G」
  • ツインプラグで「究極」の排ガス対策の意味で「Z」
  • エコノミカルの「E」
  • マーチ/マイクラ用の「MA」
  • スモールディーゼルの「SD」

など、分かりやすいネーミングが多い。また、慣例的にV型エンジンには「V」、ディーゼルエンジンには「D」が使われている。

2 1960年代以前は開発順に番号が付けられていたが、それ以降は排気量の100cc未満を四捨五入し、100で割った値。呼び排気量が1000ccに満たない場合は、頭に0をつける(例 MA09)。ただし、CG13の後継でCGA3DEとなった例外もある。

車検証の原動機型式欄に記載されるのはここまで。

3 無印の場合はSOHCまたはOHV、「D」とついている場合はDOHC、「V」がついている場合はNEO VVL(可変バルブリフトタイミング)である。ただし、FJ系は全機種DOHCであるため空欄となっている。

4 無印か「S」の場合はキャブレター(ガソリン車)、または機械式燃料噴射ポンプ(ディーゼル車)、「i」はシングルポイント インジェクション、「E」は電子制御式燃料噴射装置(ガソリン車:EGI マルチポイント インジェクション、ディーゼル車:EDI 電子制御機械式燃料噴射ポンプ)、「P」はLPGエンジンを表す。「D」はガソリン、ディーゼルともに「NEO Di」と呼ばれる直噴エンジンであるが、ディーゼルの場合、通常のインジェクターと、ユニットインジェクター(UI)、コモンレール式のソレノイドインジェクターの区別は無い。

5 無印の場合はNA(自然吸気)、「T」が1つの場合はシングルターボ、「TT」の場合はツインターボ。「R」はスーパーチャージャー(Roots blower:ルーツブロアー)付き、さらに、スーパーチャージャーとターボチャージャを組み合わせると「RT」となる。
ディーゼルエンジンでインタークーラー付きの場合は、後に「i」がつく。

実例

「E15ET」

E
15
なし
E
T
Eシリーズ 1500cc SOHCまたはOHV EGI シングルターボ

SR20VE

SR
20
V
E
なし
SRシリーズ 2000cc NEO VVL EGI 自然吸気

VQ25DD

VQ
25
D
D
なし
VQシリーズ 2500cc DOHC NEO Di 自然吸気
  • エンジン系列名に「V」が入っているため、V型エンジンであることがわかる。

YD25DDTi

YD
25
D
D
Ti
YDシリーズ 2500cc DOHC NEO Di インタークーラー付ターボ
  • エンジン系列名に「D」が入っているため、ディーゼルエンジンであることがわかる。

RB26DETT

RB
26
D
E
TT
RBシリーズ 2600cc DOHC EGI ツインターボ

日産車のエンジン用語解説

軽やかさ、さわやかさを旨としているトヨタとは正反対とも言える、力強い、ある意味、大仰なネーミングが多いのが特徴。

  • NISSAN PLASMA「プラズマ」 Enigneエンジン
(Powerful&Econonomic-Lighnweight-Accurate-Silent-Mighty-Advanced)の頭文字を取った造語

日産の新世紀エンジン・シリーズの愛称。トヨタのLASREエンジンに対抗するために付けられた。

日産自動車における新開発エンジンの総称で小型・軽量・高性能・低燃費・静粛性と耐久性など全ての要素を高次元で調和させた新世紀エンジンの意向での(当時の)高性能エンジンシリーズであった。 PLASMAは(当時の)先進のテクノロジーと最新のエレクトロニクスを駆使した日産のエンジンにあたえられた称号であった。

  • NISSAN ECCシステム(EGR)
  • NISSAN ECCS「エックス」(EGI)システム

(Electronic-Conetrated-Engine-Control-System)の頭文字を取った造語。

電子式エンジン集中制御システムの事で一つのマイクロコンピューターにより、エンジンのあらゆる運転状態に応じ、燃料噴射、排ガス還元量、アイドル回転数、フェールポンプ制御などを常に最適なレベルコントロールにする事によって、燃費の向上や排気ガスのクリーン化、運転性の向上を実現させている。
ECCSエンジンの制御はあらかじめコントロールユニットに多くの運転状態における最適制御値を記憶させ、その時々の状態をセンサーで検出、センサーからの入力信号により、コントロールユニットが記憶しているデーターの中から最適値を選出しアクチェーターに出力し、制御する。
名前は大層だが、現在のECUと較べると機能は非常に少ない。

車両型式について

昔は3桁の数字またはアルファベット1文字に2桁または3桁の数字が割り当てられ、モデルチェンジの度に十の位を増やしていったため、ベースグレードに比べてエンジンやボディの形状が違う場合は一の位を変えていた。しかし、C31ローレル以降はアルファベット1文字に2桁の数字を合わせ、モデルチェンジの度に一の位を変えることになっている。そのため、ベースに比べてエンジンなどが異なる場合は形式名の前にアルファベットと組み合わせている。これは車両によってバラバラだが、下記の仕様については共通のアルファベットが割り当てられる。

モータースポーツ

詳細は日産自動車のモータースポーツを参照

生産拠点

鬼怒川北関東自動車道、日産自動車栃木工場空撮。2008年3月30日撮影

販売会社

海外事業所および販売

  • 日産自動車北京事業所
  • 日産自動車香港事業所(HONEST MOTOR LTD)
  • 日産自動車上海事業所
  • 日産自動車大連事業所
  • 日産汽車(中国)有限公司
  • 日産自動車台湾事業所
  • 日産モータースマレーシアBHD
  • 日産自動車クアラルンプール事業所
  • 日産自動車シンガポール事業所(NISSAN MOTOR SINGAPORE PTE.LTD)
  • タンチョンモーターPTE.LTD(シンガポール)
  • ニッサンモーターフィリピンズ(NISSAN MOTOR PHILIPPINES INC)
  • 日産自動車バンコク事業所
  • 日産タイランドリミテッド
  • 日産自動車インディアリミテッド
  • 日産自動車ジャカルタ事業所
  • PT.日産モータースインドネシア(PT.NISSAN MOTORS INDONESIA)
  • 日産自動車シドニー事業所
  • 日産自動車メルボルン事業所
  • 豪州日産自動車PTY(NISSAN MOTOR AUSTRALIA PTY)
  • 日産ニュージーランドリミテッド
  • 日産自動車カラチ事業所(パキスタン)
  • 日産自動車ドバイ事業所
  • 日産セールス・オブ・ミドルイースト(インフィニティも含む)
  • 日産自動車ロサンゼルス事業所
  • 日産自動車ニューヨーク事業所
  • 日産自動車バンクーバー事業所
  • 日産自動車トロント事業所
  • 日産自動車モントリオール事業所
  • 日産ノースアメリカINC(INFINITI/NISSAN)
  • 日産自動車サンパウロ事業所
  • 日産ブラジルLTDA
  • ルノーアルゼンチンS.A.
  • 日産自動車ブエノスアイレス事業所
  • 日産モートル・デ・アルゼンティーナS.A.
  • 日産自動車リマ事業所
  • 日産モートル・デ・ペルーS.A.
  • 日産自動車メキシコシティ事業所
  • メキシカーナ日産S.A.(NISSAN MOTOR DE MEXICANA)
  • ルノー・メキシカーナS.A.
  • 日産自動車サンチアゴ事業所(NISSAN MOTOR SERVICIO DE CHILE)
  • 日産丸紅セルビシオ・デ・チリS.A.(現地丸紅との共同出資)
  • シデフ社(チリ:日産車正規ディーラー)
  • 日産コロンビアS.A.
  • 日産エクアドルS.A.
  • 日産セルビシオ・デ・ベネズエラS.A.
  • 日産セルビシオ・デ・パラグアイS.A.
  • 欧州日産自動車N.V.
  • 日産自動車モスクワ事業所
  • 日産自動車フランクフルト事業所
  • 日産自動車パリ事業所
  • 日産自動車ローマ事業所
  • 日産自動車ブリュッセル事業所
  • 日産自動車アテネ事業所
  • 日産自動車マドリード事業所
  • 日産自動車コペンハーゲン事業所
  • 日産自動車ヘルシンキ事業所
  • 日産自動車マンチェスター事業所
  • 日産自動車ロンドン事業所
  • 日産サウスアフリカ
  • 日産自動車ヨハネスブルク事業所
  • 日産自動車テヘラン事業所
  • 日産自動車ケニア事業所
  • 日産自動車カイロ事業所

関連企業・団体

関連項目

技術関連

モータースポーツ関連

広告関連

イメージキャラクター・CM曲

企業CM・キャンペーンCM

  • 日産グループCM、キャンペーンCM、その他日産関連CM、専属ナレーション
  • 創立50周年記念・イメージキャラクター
  • 「日本全国日産デー」キャンペーン・イメージキャラクター
  • 日産店系列販売会社・イメージキャラクター
  • 日産ビジネスカー・イメージキャラクター

セダン各車種

コンパクト・軽自動車各車種

スポーツ系各車種

ステーションワゴン各車種

ミニバン各車種

SUV各車種

商用車各車種

  • 日産ビジネスカー・イメージキャラクター

提供番組関連

現在

日本テレビ系

TBS系

フジテレビ系

テレビ朝日系

テレビ東京系

過去

日本テレビ系

TBSテレビ系

フジテレビ系

テレビ朝日系

テレビ東京系

その他(ラジオ等)

冠大会

その他

  栃木県警察    荻原克彦   荻原孝昭

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
その他
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関連リンク


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