日産自動車
| 種類 | 株式会社 | ||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | 日産 | ||||
| 本社所在地 | 104-8023 東京都中央区銀座六丁目17番1号※ |
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| 設立 | 1933年12月26日 | ||||
| 業種 | 輸送用機器 | ||||
| 事業内容 | 自動車 (現行車種を参照) | ||||
| 代表者 | 取締役共同会長兼社長兼最高経営責任者 カルロス・ゴーン | ||||
| 資本金 | 6,058億1,400万円 (2007年3月31日現在) |
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| 売上高 | 単体:3兆6,089億3,400万円 連結:10兆4,685億8,300万円 (2007年3月期) |
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| 総資産 | 12兆4,022億800万円 (2007年3月期) |
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| 従業員数 | 単体:3万2,117人 連結:16万9,644人 |
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| 決算期 | 毎年3月31日 | ||||
| 主要株主 | ルノー:44.3% | ||||
| 主要子会社 | 日産車体株式会社 ジヤトコ株式会社 |
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| 外部リンク |
※登記上の本店: 神奈川県横浜市神奈川区宝町2番地 |
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日産自動車株式会社(にっさんじどうしゃ) (英語名: Nissan Motor Co., Ltd.)は、東京都中央区に本社を置く自動車メーカーである。日本のビッグスリーの一角。通称とブランド名は「日産(NISSAN)」。日本国外の一部では、高級車ブランドである「インフィニティ(INFINITI)」も展開する。
目次 |
概要
経営体制
芙蓉グループ(旧富士銀行系列)に属する東証一部上場の日本企業であり、現在はフランスの自動車製造大手のルノーの傘下である。関連会社にトラック専門の日産ディーゼル工業(ボルボに売却)や、モータースポーツ専門のニスモなどがある。歴史的経緯(日産コンツェルン)によって日立製作所と関係が深い。
現在、親会社のルノーから派遣されたレバノン系ブラジル人(フランスとの2重国籍)のカルロス・ゴーンが取締役共同会長兼社長兼最高経営責任者(CEO)を務める。なお、カルロス・ゴーンは2005年4月より親会社のルノーのCEOも兼務しており、現在はゴーンCEOの指揮の元、日産出身の志賀俊之がCOO(最高執行責任者)を勤める。
「技術の日産」
一時期企業スローガンで「技術の日産」と称していたように、創業期より先進技術の吸収に積極的で、第二次世界大戦前の段階ではゼネラルモーターズの技術や資本導入を目論み、あるいは戦後はオースチンとの提携下で乗用車のノックダウン生産を展開するなど、ルノーの傘下に入った現在にいたるまで外国企業との連携には余り抵抗感を持たない。
1966年に高い技術力を誇ったプリンス自動車工業株式会社と合併し、同社の技術がフィードバックされたことで技術の日産と巷間呼ばれるようになるが、その反面、技術偏重の社風より販売政策は余り上手いとは言えず、しかも組合闘争とそれにあわせた内部権力闘争が経営の足を引っ張り、オイルショックの頃から長くライバル視してきたトヨタ自動車に営業成績において差を広げられてしまった。
経営危機
しかし1980年代には「90年代までに技術世界一を目指す」という名の下、全車種を対象にシャシー、エンジン、サスペンション、ハンドリング等の技術開発に力を注いだ「901運動」がおこなわれており、日本車の技術向上に大きく貢献したとの評価がある。
詳細は901運動を参照
1980年代後半のバブル景気時代には、当時日本唯一の3ナンバー専用の高級車であるシーマやシルビアをヒットさせた他、「901運動」のもとに開発されたスカイラインGT-Rが高い評価を得るなど存在感を示していた。
しかしバブル崩壊後は財務体質が悪化。もともと販売戦略が不得手な上に、サニー、ブルーバード、シルビア、ローレル、スカイライン、セドリック/グロリアなどの主力車種における商品戦略やデザインなどの面でも失敗したことからヒット車種が出ずに販売不振に陥ってしまい、軽自動車市場の拡大を背景に、軽自動車を含めた国内シェアでは一時ホンダに抜かれ第3位に転落。1998年には約2兆円もの有利子負債を抱えるほどにまで財務内容が悪化し、経営危機に陥ってしまった。
しかしその中でも、2代目セフィーロや初代エルグランド、2代目マーチなどはコンスタントに販売台数を記録し、経営危機に陥っていた日産をなんとか支えていた。
ルノー傘下へ
継続的な販売不振により2兆円あまりの有利子債務を抱え倒産寸前の経営状態となった1999年3月、フランスの自動車メーカー・ルノーとの資本提携(後述「ルノー=日産アライアンス」)を結び、同社の子会社として更正を図ることとなった。当初は両社の文化的土壌の違いやラインナップの重複、日産自動車の負債の大きさや労働組合の抵抗などを理由に、同業他社やアナリストをはじめとする多くの専門家がその行き先を危惧した。
同年中に日本人社長の塙義一は解任され、ルノー会長兼最高経営責任者(CEO)であったルイ・シュヴァイツァーにより同社副社長のカルロス・ゴーン(レバノン系ブラジル人)が新たな最高経営責任者に就任した。ゴーンらのチームは、同年10月に発表した「日産リバイバルプラン(NRP)」のもとリストラを進めた。
東京都武蔵村山市にある村山工場や京都府宇治市の日産車体京都工場などの生産拠点の閉鎖、資産の売却、人員の削減などとともに、子会社の統廃合や取引先の統合、原材料の仕入の見直しなどによるコスト削減が行われた。更に、車種ラインナップの整理と同時にデザインなどを刷新し、積極的な新車投入を行った結果、販売台数は増加。国内シェアでは第2位の座を奪回し、2003年6月には負債を完済した。
ルノー=日産アライアンス
「ルノー=日産アライアンス」とは称するものの、両社は親子関係にあるため、実態は「アライアンス(同盟、協力)」と示されるような対等な関係ではないことに留意すべきである[1]。
2006年5月現在、ルノーは日産株の44パーセントを所有し日産を実効支配しているが、日産の所有するルノー株は全体の15パーセントである。さらに、フランスの法律により日産の保有するルノー株には一切の議決権が付随していない。従って、資本関係上は日産がルノーの連結子会社とされる一方で、日産がルノーに対して有する権限は一株主未満のものである。当然ながらルノーからは多くが日産の役員として送り込まれており、ルノーに日産出身の役員は皆無である。
他方、株式資本の総額は日産本体のほうが多く、「日産に投資するより、親会社のルノー本体に投資するほうが利にかなう」という逆転現象が起きている。ルノーは、買収後に多くの資本と人的なパワーを投下し日産の業績を急回復させたことにより、これまでに莫大な配当益を得ている。
ビジネス上では、車台(プラットフォーム)やエンジン、トランスミッションなどの部品の共通化、購買の共同化などを通じてコストダウンを図っているほか、ルノーの車を日産ブランドで販売、日産車をルノーのブランドで販売するなどの相互のOEM供給が行われている。2005年1月には、当時のルノー会長のルイ・シュヴァイツァーが、「2010年までに日産自動車とともに世界市場の10%のシェアを確保し、年間400万台の生産を達成する」という目標を掲げた。ルノーでは傘下の日産を含めて、自社がフォルクスワーゲン・グループを上回る欧州最大の自動車メーカーであるとしている。
現在
ゴーンは日産自動車の建て直しの手腕が高く評価され、2005年4月からは親会社のルノーのCEOも兼務しており、現在はゴーンCEOの指揮の元、日産自動車生え抜きの志賀俊之がCOO(最高執行責任者)を勤める。しかしながら、日産自動車の3カ年経営計画「日産180」(全世界での売上台数を100万台増加させ、8%の営業利益率を達成し、自動車関連の実質有利子負債をなくす)における販売台数目標達成のために、計画終了(2005年9月30日)前に集中して新型車投入を行ったことによる、計画終了以降の国内やアメリカ市場における販売台数の低迷や、ゴーンなき後を見越した権力闘争など、深刻な問題を残したままの親会社への復帰に疑問の声も上がっている。
なお、ゴーン体制のもと系列解体の急先鋒となり、非日産系部品メーカーや海外メーカーからの部品仕入れを積極的に行ったが、近年は日立製作所と組んで部品メーカーの囲い込みに力を入れている。
沿革
- 1911年:東京市麻布区(現在の東京都港区麻布)に「快進社自働車工場」設立。
- 1919年:大阪府に「実用自動車製造株式会社」設立。
- 1926年:「実用自動車製造株式会社」と「快進社自働車工場」が合併し、「ダット自動車製造(本社:大阪)」設立。
- 1931年:戸畑鋳物株式会社(現在の日立金属)(本社:北九州市、社長:鮎川義介)の傘下に入る。(事実上の企業買収)
- 1932年:ダットサンのブランドが誕生「ダットサン商会」設立(吉崎良造が開設)。
- 1933年:ダット自動車製造と石川島自動車製作所が合併し自動車工業株式会社[1]が横浜市神奈川区に設立される。
- 1933年:戸畑鋳物株式会社がダット大阪工場を70万円で購入(しかし、ダットサン(自動車)の製造権と設計技術者の後藤敬義、そして一群の人員は自動車工業株式会社にあるままであった。)
- 1933年:戸畑鋳物株式会社の鮎川義介の懇願により、製造に関する一切の権利を自動車工業株式会社より「ダットサンの製造権」[2]を無償で譲り受ける。12月に鮎川義介はダットサンの製造のために「自動車製造株式会社」[3]を設立する。
- 1934年:6月1日に日産自動車株式会社に改称した。創業者は戸畑鋳物株式会社社長の鮎川義介である。鮎川は創立と同時に同社取締役社長に就任した。
- 1944年:9月、東京都日本橋区(現在の中央区)に本社移転。日産重工業株式会社に商号変更。
- 1946年:同年1月、本社事務所を再び横浜市に移転。
- 1949年:8月に「日産自動車株式会社」の商号に復帰。
- 1952年:イギリスのオースチン社との技術提携を元にしたノックダウン生産を開始。
- 1966年:名車スカイライン、グロリアを持つ「プリンス自動車工業株式会社」(富士重工業等と共に分割解体された旧中島飛行機の一部冨士精密工業の後身)と合併。
- 1967年:宮内庁に、初の国産御料車「プリンスロイヤル」を謹製・納入
- 1968年:東京都中央区銀座木挽町の現社屋に本社事務所を移転。
- 1970年代~1980年代:第二次世界大戦後からシェアを積み上げ、一時はトヨタ自動車につぐ日本国内第2位のシェアを占めたが、バブル崩壊後財務が悪化したうえ、デザインや商品戦略などの面でも失敗。販売不振に陥り、国内の販売台数ではホンダにつぐ第3位に転落。
- 1989年:スカイラインGT-Rが復活。
- 1990年代後半:販売不振に塩路一郎委員長率いる強固な労働組合との激しい抗争が深刻化し、経営危機がささやかれる。
- 1999年:3月に、フランスのルノーと資本提携し、ルノー=日産アライアンスを結成しルノーの傘下になる。6月にルノー副社長のカルロス・ゴーン(現CEO)が最高執行責任者(COO)に就任し、リバイバル・プランを発表した。
- 1999年:12月に日産自動車社員が関係した、他の社員に対するリンチ殺人事件が発生。
- 2001年:ゴーンが6月に社長兼最高経営責任者(CEO)となる。
- 2002年:スズキより、軽自動車「MRワゴン」のOEM供給を受け、「モコ」として発売開始。軽自動車市場へ参入を果たし、ゴーンが「日産リバイバルプラン」の目標達成を宣言した。同時期に車種について、あまり利益が見込めないことや近代への日産にはあわないことから、セドリック(現在商業者向け販売)やグロリア、ローレルおよびサニーといった日産を代表する車種の名(歴史)を捨て、新たに歩み始める。その第1号としてローレル&セフィーロの後継車にあたるティアナ(2003年)を投入。ティアナのデザインは、これからの日産の回復と象徴的デザインの1つと見られる。2004年9月にはサニーの事実上の後継車である、ティーダを発売。
- 2005年:4月より従来の販売会社別での取り扱い車種を撤廃、全販売会社(レッドステージ&ブルーステージ)ですべての車種の購入が可能となる。それに伴い、事実上のセドリック・グロリア後継車としてフーガを誕生させる。
- 2005年:経営再建中の三菱自動車工業との包括的な事業提携。それに伴い、事業提携の一環として三菱製軽自動車eKワゴンのOEMとしてオッティを投入。
- 2005年:4月にゴーンが親会社のルノーの会長兼CEOに就任、日産の会長兼CEOも兼務する。
- 2005年:9月に、ゴーンが進めてきた日産180(リバイバル・プラン)を終了。その後日米市場で販売台数が急落する。
- 2007年:12月、スカイラインの名前を捨て、新たな道を歩む日産GT-Rを販売開始。
- 2009年:当初は、2010年をめどに企業誘致に熱心な横浜市の「横浜みなとみらい21(MM21)地区」66街区に本社を移転する予定であったが、2009年に横浜開港150周年を迎えるを機に1年前倒しとなった。2007年春に着工する予定。この本社立地にあたり、神奈川県から施設整備等助成制度及び横浜市から企業立地等促進特定地域における支援措置を受けることができる。新社屋は建築家谷口吉生の設計。
脚注
- ^ 自動車工業株式会社は東京瓦斯電気工業と合併し、東京自動車工業を経てヂーゼル自動車工業となる。その後、日野重工業(後の日野自動車)が分社、戦後ヂーゼル自動車工業はいすゞ自動車となる。
- ^ 東京自動車工業の設立は、商工省の意向による軍用保護自動車および商工省標準車いすゞの生産を主体としたものであり、ダットサンの如く小型車製造はその対象外であった。
- ^ 自動車製造株式会社は日産の源流であり、自動車工業株式会社と名前は似ているが別会社である。
歴代社長
- 初代:鮎川義介(あゆかわ よしすけ、1933年(S8)12月~1939年(S14)5月)
- 2代:村上正輔(むらかみ まさすけ、1939年(S14)5月~1942年(S17)2月)
- 3代:淺原源七(あさはら げんしち、1942年(S17)3月~1944年(S19)9月)
- 4代:工藤治人(くどう はると、1944年(S19)9月~1945年(S20)6月)
- 5代:村山威士(むらやま たけし、1945年(S20)6月~1945年(S20)10月)
- 6代:山本惣治(やまもと そうじ、1945年(S20)10月~1947年(S22)5月)
- 7代:箕浦多一(みのうら たいち、1947年(S22)5月~1951年(S26)10月)
- 8代:淺原源七(あさはら げんしち、1951年(S26)10月~1957年(S32)11月、3代目社長の復帰)
- 9代:川又克二(かわまた かつじ、1957年(S32)11月~1973年(S48)11月、1986年3月29日逝去)
- 10代:岩越忠恕(いわこし ただひろ、1973年(S48)11月~1977年(S52)6月、1981年3月19日逝去)
- 11代:石原俊(いしはら たかし、1977年(S52)6月~1985年(S60)6月、2003年12月31日逝去)
- 12代:久米豊(くめ ゆたか、1985年(S60)6月~1992年(H4)6月、現日蘭協会・(社)日本自動車会議所 顧問)
- 13代:辻義文(つじ よしふみ、1992年(H4)6月~1996年(H8)6月、2007年2月11日逝去)
- 14代:塙義一(はなわ よしかず、1996年(H8)6月~2000年(H12)6月、現同社名誉会長)
- 15代:Carlos Ghosn(カルロス ゴーン、2000年(H12)6月~)
販売車種
詳細は日産自動車の車種一覧を参照
日産生産方式(Nissan Product Way)
日産自動車が21世紀の生産・販売戦略として導入した生産方式。顧客の注文に基づく詳細な生産指示書を関係工程に指示し生産する方法で、これにより受注から納車までの時間が最短で3日という迅速な生産を実現した。現在、インフィニティブランドを取り扱う栃木工場などに導入されている。
ロゴマークの由来
日産自動車のロゴマークはもともと「ダットサン」で使われていたもので、吉崎良造(よしざき りょうぞう)と田中常三郎(たなか じょうざぶろう)がシボレーのマークにヒントを得て、赤の日の丸と太陽をベースに天空をモチーフとしたコバルトブルーをいれ、真ん中に白で横一文字で「DATSUN」と書かれていたのが前身である。(なお、1937年に制定された社章=記章、株券等に使用していた=は、日の丸の真中に一本の横棒を挿入し、周囲を“日”を抽象化したもので囲ったもので、日立や日本興業銀行の社(行)章と類似していることから、発足時からの「日産・日立・興銀」の関係も表していた、とされている。現在は「至誠天日を貫く」と位置づけられている。)
その後、文字を筆記体のカタカナで「ニッサン」と書き直し日産コンツェルン全体の社紋として統括企業に普及するが、戦後の財閥解体とともに日産自動車のみの社紋としてローマ字表記の「NISSAN」に変更となった。
創業50周年を迎えた1983年にはアメリカのペンタグラム社が制作したロゴマーク及び指定フォント(書体)に一新され、さらに1999年以降のルノー傘下になってからのゴーン体制下でデザインが社内コンペで募集され、より立体的なものへと小変更され現在に至る。ちなみに、このとき採用されたロゴのサンプルは現在でもゴーンのオフィスに飾られているという。
赤・白・青は、日産自動車のコーポレートカラーにもなっていて、トリコロールの愛称で日産らしさの象徴としても親しまれている。
キャッチフレーズ
メイン・キャッチフレーズ
- 世界の日産(1960年代)
- 技術の日産(1970年~1991年)
- なお、技術の日産は20年以上に渡って使用された。
- 人とクルマの明日をめざす 技術の日産(1970年~1981年)
- 世界に愛される 先進技術の日産(1982年)
- もう走り始めています 21世紀へ 先進技術の日産(1983年~1985年)
- (提供スポンサー読みは『21世紀を目指す 先進技術の日産』であった。)
- 1983年の創業50周年を機に、米ペンタグラム社が製作したロゴマーク及び指定フォント(書体)に一新された。
- Feel the Beat もっと楽しく感じるままに 技術の日産(1985年~1991年)
- LIFE TOGETHER 人間のやさしさをクルマに(1991年~1998年)
- クルマのよろこびを(1999年)
- SHIFT_the future(2001年~)
- 最近のCMでは使われていない。
- カルロス・ゴーンが社長兼最高経営責任者に就任した2001年からロゴマーク及び指定フォント(書体)が一新された。ロゴは社内コンペ、企業フォントは後述のTBWA開発の「NISSAN AG(Aktidenz Groteskの日産バージョン)」とモリサワ「新ゴ」の組合せ、車名バッジは先代ブルーバードシルフィからNE-01というフォントに基本的に統一されている(ただし車種によって若干のアレンジがあり、また、キューブ、キューブキュービック、オッティおよびGT-Rはフォント統一の対象外となっている)。
- なお、日産ディーラーの各販売店の大型看板(BLUESTAGE.REDSTAGE.RED&BLUE)の指定フォント(書体)は、1983年に米ペンタグラム社が製作した指定フォント(書体)を引続き使用している。
- なお、現在のキャッチフレーズは、全世界で日産自動車の広告活動を担当しているアメリカの広告代理店であるTBWAが開発した。
サブ・キャッチフレーズ
- 無理のない運転で、貴重なエネルギーを大切に(1970年~1985年)
- 人とクルマの調和をめざす(1970年代前半)
- 安全は人とクルマで作るもの(1970年~1985年)
- シートベルトは“安全ベルト”正しく使う習慣を(1970年~1985年)
- スペース・テクノロジー(1983年)
- 20世紀の残りは日産がおもしろくする(1990年~1991年)
- いい運転 日産からのお願いです。(1990年~1991年)
- 熱血業界宣言(1990年代前半)
- スピードおさえていい運転(1991年~)
- 変わらなきゃ(1995年)
- 変わらなきゃも 変わらなきゃ(1996年)
- もっと日産になる(1997年~1998年)
- NISSAN, RENAISSANCE(1999年ルノー傘下入り以降)
- SHIFT_complement word(2004年~)
- SHIFT_ワード(○○をSHIFTする)
- 最近のCMでは専らこれが使われる。
フェア&イベント・タイトル
- 日本全国日産デー(1983年~1992年、1994年)
- 1986年~1987年頃に展開されていたCMには、当時デビューして間もない、歌手・タレントの西村知美がCMの専属キャラクターとして起用されていた。
- ヨンセンマン(1992年)
- 熱血大感謝フェア(1993年)
- イチロニッサン(1995年~1999年)
- 1993年から1994年にかけて、日産は相次いでフルモデルチェンジした新型車を投入していたが、新型車の評判がフルモデルチェンジ前の旧型車と比較して芳しくなく販売不振が続き、その結果、人気度・信頼度・企業イメージが低下していた日産全体の建て直しと、タクシー・パトカー・教習車モデルを除く乗用車全車種に、運転席SRSエアバッグを標準装備した事で他メーカーとの差別化を図った事による、販売回復の起爆剤になることを願って、野球選手のイチロー、野球解説者の原辰徳、サッカー選手の川口能活、ボクシング選手の辰吉丈一郎、タレントのかとうれいこといったの大物スポーツ選手、タレントをCMに起用し、「変わらなきゃ」、「変わらなきゃも変わらなきゃ」「イチロ・ニッサン」「こんどの週末は、イチロ・ニッサン」「エアバッグなら、イチロ・ニッサン」「エアロRVなら、イチロ・ニッサン」「イチロ・エアバッグ」「イチロ・エアロ」「ワゴンボックスに乗ろう」などのキャッチフレーズで好評を得ていた。
- 「ワゴンボックスに乗ろう」のキャッチフレーズのCMでは、元マラソンランナーの増田明美が、マラソンの実況解説風のCMナレーションを担当していた。
- それに対して、危機感を抱いたライバルメーカーのトヨタ自動車は、全車種エアバッグに加えてABSを標準装備にして、ライバルの野球選手である野茂英雄、ABSという駄洒落的なネタに因んでタレント・漫画家の蛭子能収をCMに起用して日産自動車に対抗していたが、こうした安全装備の標準化による日産VSトヨタでの販売競争が他メーカーにも波及し、後に、軽自動車を除くほとんどの国産車でエアバッグとABSが標準化されるきっかけともなった。
各系列販売会社・オリジナルキャッチフレーズ
- ブルーバード販売会社へようこそ(1991年~1992年)
- いい走り。いい生き方。日産プリンス(1997~1999年)
エンジン型式について
| この項目では色について扱っています。閲覧環境によっては正しい色が表示されない可能性があります。 |
日産では、1960年代以降、以下のような規則でエンジン型式を定めている。
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| エンジン系列名 | 排気量(100cc未満は四捨五入) | バルブ機構 | 燃料供給方式 | 過給器 |
1 エンジンのシリーズ名をアルファベット1~2文字で記す。80年代の前半までは1文字のものが多かったが、現在はすべて2文字である。
- オースチン(BMC)「Aタイプ」をコピーした「A」(部品レベルの完全なコピー)
- メルセデス・ベンツのロッカーアーム(locker arm)式OHCのコピーで「L」
- もと「プリンス自動車」の「G」系はそのまま「G」
- ツインプラグで「究極」の排ガス対策の意味で「Z」
- エコノミカルの「E」
- マーチ/マイクラ用の「MA」
- スモールディーゼルの「SD」
など、分かりやすいネーミングが多い。また、慣例的にV型エンジンには「V」、ディーゼルエンジンには「D」が使われている。
2 1960年代以前は開発順に番号が付けられていたが、それ以降は排気量の100cc未満を四捨五入し、100で割った値。呼び排気量が1000ccに満たない場合は、頭に0をつける(例 MA09)。ただし、CG13の後継でCGA3DEとなった例外もある。
車検証の原動機型式欄に記載されるのはここまで。
3 無印の場合はSOHCまたはOHV、「D」とついている場合はDOHC、「V」がついている場合はNEO VVL(可変バルブリフトタイミング)である。ただし、FJ系は全機種DOHCであるため空欄となっている。
4 無印か「S」の場合はキャブレター(ガソリン車)、または機械式燃料噴射ポンプ(ディーゼル車)、「i」はシングルポイント インジェクション、「E」は電子制御式燃料噴射装置(ガソリン車:EGI マルチポイント インジェクション、ディーゼル車:EDI 電子制御機械式燃料噴射ポンプ)、「P」はLPGエンジンを表す。「D」はガソリン、ディーゼルともに「NEO Di」と呼ばれる直噴エンジンであるが、ディーゼルの場合、通常のインジェクターと、ユニットインジェクター(UI)、コモンレール式のソレノイドインジェクターの区別は無い。
5 無印の場合はNA(自然吸気)、「T」が1つの場合はシングルターボ、「TT」の場合はツインターボ。「R」はスーパーチャージャー(Roots blower:ルーツブロアー)付き、さらに、スーパーチャージャーとターボチャージャを組み合わせると「RT」となる。
ディーゼルエンジンでインタークーラー付きの場合は、後に「i」がつく。
実例
「E15ET」
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| Eシリーズ | 1500cc | SOHCまたはOHV | EGI | シングルターボ |
「SR20VE」
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| SRシリーズ | 2000cc | NEO VVL | EGI | 自然吸気 |
「VQ25DD」
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| VQシリーズ | 2500cc | DOHC | NEO Di | 自然吸気 |
- エンジン系列名に「V」が入っているため、V型エンジンであることがわかる。
「YD25DDTi」
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| YDシリーズ | 2500cc | DOHC | NEO Di | インタークーラー付ターボ |
- エンジン系列名に「D」が入っているため、ディーゼルエンジンであることがわかる。
「RB26DETT」
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| RBシリーズ | 2600cc | DOHC | EGI | ツインターボ |
日産車のエンジン用語解説
軽やかさ、さわやかさを旨としているトヨタとは正反対とも言える、力強い、ある意味、大仰なネーミングが多いのが特徴。
- NISSAN PLASMA「プラズマ」 Enigneエンジン
- (Powerful&Econonomic-Lighnweight-Accurate-Silent-Mighty-Advanced)の頭文字を取った造語。
日産の新世紀エンジン・シリーズの愛称。トヨタのLASREエンジンに対抗するために付けられた。
日産自動車における新開発エンジンの総称で小型・軽量・高性能・低燃費・静粛性と耐久性など全ての要素を高次元で調和させた新世紀エンジンの意向での(当時の)高性能エンジンシリーズであった。 PLASMAは(当時の)先進のテクノロジーと最新のエレクトロニクスを駆使した日産のエンジンにあたえられた称号であった。
(Electronic-Conetrated-Engine-Control-System)の頭文字を取った造語。
- 電子式エンジン集中制御システムの事で一つのマイクロコンピューターにより、エンジンのあらゆる運転状態に応じ、燃料噴射、排ガス還元量、アイドル回転数、フェールポンプ制御などを常に最適なレベルコントロールにする事によって、燃費の向上や排気ガスのクリーン化、運転性の向上を実現させている。
- ECCSエンジンの制御はあらかじめコントロールユニットに多くの運転状態における最適制御値を記憶させ、その時々の状態をセンサーで検出、センサーからの入力信号により、コントロールユニットが記憶しているデーターの中から最適値を選出しアクチェーターに出力し、制御する。
- 名前は大層だが、現在のECUと較べると機能は非常に少ない。
車両型式について
昔は3桁の数字またはアルファベット1文字に2桁または3桁の数字が割り当てられ、モデルチェンジの度に十の位を増やしていったため、ベースグレードに比べてエンジンやボディの形状が違う場合は一の位を変えていた。しかし、C31ローレル以降はアルファベット1文字に2桁の数字を合わせ、モデルチェンジの度に一の位を変えることになっている。そのため、ベースに比べてエンジンなどが異なる場合は形式名の前にアルファベットと組み合わせている。これは車両によってバラバラだが、下記の仕様については共通のアルファベットが割り当てられる。
モータースポーツ
詳細は日産自動車のモータースポーツを参照
生産拠点
- 横浜工場(神奈川県横浜市神奈川区)
- VQ以外のエンジン
- いわき工場(福島県いわき市)
- 追浜工場(神奈川県横須賀市)
- 栃木工場(栃木県河内郡上三川町)
- 九州工場(福岡県京都郡苅田町)
- 日産車体湘南工場(神奈川県平塚市)
- オートワークス京都(京都府宇治市)
- 日産ディーゼル工業上尾工場(埼玉県上尾市)
- ジヤトコ株式会社
- 愛知機械工業熱田工場(愛知県名古屋市)
- CRエンジン、HRエンジン、マニュアルトランスッミッション
- 愛知機械工業永徳工場(愛知県名古屋市)
- マニュアルトランスミッション、CVT加工組立
- 愛知機械工業松坂工場(三重県松阪市)
- シリンダーブロック、シリンダーヘッド、トランスミッションケース等の鋳造製品
- 愛知機械工業津工場(三重県津市)
- シリンダーヘッド加工
- 日産工機株式会社
- 北米日産会社(テネシー州スマーナ)
- 北米日産会社(テネシー州デカード)
- エンジン、トランスミッション
- 北米日産会社(ミシシッピ州キャントン)
- 英国日産自動車製造会社
- 日産モトール・イベリカ会社(スペイン)
- サイアム日産オートモービル会社(タイ バンナー・トラッド)
- ティーダ、フロンティア、アーバン(キャラバン)
- サイアムモーターズアンド日産会社
- 東風汽車有限公司(中国)
- ティアナ、ブルーバード、サニー(ブルーバードシルフィ)、大型・中型・小型トラック、バス等
- 鄭州日産汽車有限公司(河南省)
- D22ピックアップ、パラディン
- 裕隆汽車製造股イ分有限公社(台湾)
- セフィーロ、セントラ(サニー)、ベリータ、セレナ、エクストレイル、キャブスター
- フィリピン日産自動車会社
- セフィーロ、セントラ、エクストレイル
- ユニバーサル・モーターズ社(フィリピン)
- フロンティア、パトロール、アーバン
- タンチョン・モーター・アッセンブリーズ社(マレーシア)
- セフィーロ、セントラ、バネット、セレナ、エクストレイル、フロンティア
- P.Tインドネシア日産自動車会社
- ガンダーラ日産社(パキスタン)
- サニー
- 豪州日産鋳造会社
- アルミ鋳造部品の製造
- メキシコ日産自動車会社(アグアスカリエンテス)
- セントラ、プラティーナ、ツル、ピックアップ、ルノー・クリオ
- メキシコ日産自動車会社(クエルナバカ)
- セントラ、プラティーナ、ツル、ピックアップ、ルノー・クリオ
- ルノー・クリチバ工場(ブラジル)
- フロンティア、エクステラ(ルノー車:クリオ、セニック、マスター)
- パルスホドロ社(イラン)
- 南アフリカ日産自動車会社
- アルメーラ、1400ピックアップ、ハードボディ
- ケニア・ビークル・マニュファクチュラーズ社
- アーバン
- 日産エジプト社
- ピックアップ
販売会社
- ブルーステージ(日産店、モーター店)
- レッドステージ(サティオ店=旧サニー店、プリンス店、チェリー店)
- レッド&ブルーステージ(全系列扱い店、カレスト座間、カレスト幕張他)
- 日産フリート(2008年4月1日付で日産特販から日産フリートへ社名変更)
- 日産フォークリフト [2]
- ニスモカーズファクトリーゼル [3]
海外事業所および販売
- 日産自動車北京事業所
- 日産自動車香港事業所(HONEST MOTOR LTD)
- 日産自動車上海事業所
- 日産自動車大連事業所
- 日産汽車(中国)有限公司
- 日産自動車台湾事業所
- 日産モータースマレーシアBHD
- 日産自動車クアラルンプール事業所
- 日産自動車シンガポール事業所(NISSAN MOTOR SINGAPORE PTE.LTD)
- タンチョンモーターPTE.LTD(シンガポール)
- ニッサンモーターフィリピンズ(NISSAN MOTOR PHILIPPINES INC)
- 日産自動車バンコク事業所
- 日産タイランドリミテッド
- 日産自動車インディアリミテッド
- 日産自動車ジャカルタ事業所
- PT.日産モータースインドネシア(PT.NISSAN MOTORS INDONESIA)
- 日産自動車シドニー事業所
- 日産自動車メルボルン事業所
- 豪州日産自動車PTY(NISSAN MOTOR AUSTRALIA PTY)
- 日産ニュージーランドリミテッド
- 日産自動車カラチ事業所(パキスタン)
- 日産自動車ドバイ事業所
- 日産セールス・オブ・ミドルイースト(インフィニティも含む)
- 日産自動車ロサンゼルス事業所
- 日産自動車ニューヨーク事業所
- 日産自動車バンクーバー事業所
- 日産自動車トロント事業所
- 日産自動車モントリオール事業所
- 日産ノースアメリカINC(INFINITI/NISSAN)
- 日産自動車サンパウロ事業所
- 日産ブラジルLTDA
- ルノーアルゼンチンS.A.
- 日産自動車ブエノスアイレス事業所
- 日産モートル・デ・アルゼンティーナS.A.
- 日産自動車リマ事業所
- 日産モートル・デ・ペルーS.A.
- 日産自動車メキシコシティ事業所
- メキシカーナ日産S.A.(NISSAN MOTOR DE MEXICANA)
- ルノー・メキシカーナS.A.
- 日産自動車サンチアゴ事業所(NISSAN MOTOR SERVICIO DE CHILE)
- 日産丸紅セルビシオ・デ・チリS.A.(現地丸紅との共同出資)
- シデフ社(チリ:日産車正規ディーラー)
- 日産コロンビアS.A.
- 日産エクアドルS.A.
- 日産セルビシオ・デ・ベネズエラS.A.
- 日産セルビシオ・デ・パラグアイS.A.
- 欧州日産自動車N.V.
- 日産自動車モスクワ事業所
- 日産自動車フランクフルト事業所
- 日産自動車パリ事業所
- 日産自動車ローマ事業所
- 日産自動車ブリュッセル事業所
- 日産自動車アテネ事業所
- 日産自動車マドリード事業所
- 日産自動車コペンハーゲン事業所
- 日産自動車ヘルシンキ事業所
- 日産自動車マンチェスター事業所
- 日産自動車ロンドン事業所
- 日産サウスアフリカ
- 日産自動車ヨハネスブルク事業所
- 日産自動車テヘラン事業所
- 日産自動車ケニア事業所
- 日産自動車カイロ事業所
関連企業・団体
- 日産コンツェルン
- 中島飛行機
- プリンス自動車工業
- INFINITI
- 日産車体
- 日産ディーゼル工業
- 富士重工業
- いすゞ自動車
- ルノーサムスン
- 日立製作所
- ザナヴィ・インフォマティクス
- クラリオン
- 東日カーライフグループ(旧:東京日産自動車販売)
- 日産工機(旧:東急くろがね工業←日本内燃機製造)
- ジヤトコ
- トノックス
- 日産テクノ
- 愛知機械工業
- オーテックジャパン
- NISMO
- 高田工業(Be-1、パオなどの特殊少量生産を受託)
- 横浜F・マリノス
- 横浜国際総合競技場(2005年3月より「日産スタジアム」に変更=ネーミングライツ成立)
- 日産自動車硬式野球部
- 日産自動車九州硬式野球部
- 日産フィナンシャルサービス
- 日産レンタカー
- ソフトバンクモバイル(旧:デジタルツーカー)
- KDDI(旧:ツーカーグループ)
- ミツバ
- カルソニックカンセイ
- 損害保険ジャパン
- 日産証券
- 日本水産
- 興銀リース
- 日産マリーン
- 日産クリエイティブサービス
- 日産ライトトラック
- 日本テレビ放送網(1978年からの24時間テレビのスポンサー。また、1980年代後期の刑事ドラマで一時期日産車を使っていた)
- テレビ朝日(特捜最前線やはぐれ刑事純情派などの刑事ドラマのスポンサーで、40年以上の付き合いがある)
- テレビ東京(大江戸捜査網や徳光のTVコロンブスなど土曜9時台の筆頭スポンサー)
- 東京ドーム(前身球場時代からのスポンサーで、1988年のオープン当時からドームレフト側看板広告を提供している)
- 読売ジャイアンツ(東京ドームを本拠地とする在京球団で、王貞治、原辰徳、江川卓の大物OBが日産のCMに出演した。ただし、王は助監督時代の出演、原・江川は引退後出演)
- 21_21 DESIGN SIGHT(オリジナルモデルのcubeをギャラリーショップとして使用)
- 日産専用船
関連項目
技術関連
- 桜井真一郎(戸籍上は櫻井眞一郎)
- 林義正
- カーウイングス
- ATTESA E-TS
- プラットフォーム
- スーパーモーター:複合電流によりニ軸の独立制御が可能な両軸モーター。
- VEL:偏芯カムを持つドライブシャフトの動きをロッカーアームと2種類のリンクによりアウトプットカムに伝え、サーボモーターによりコントロールシャフトを回転させ、リンクの支点を移動させることでバルブの作動角とリフト量の連続可変を可能とした。
- VCRピストンクランクシステム:マルチリンク式可変圧縮比クランク。
モータースポーツ関連
広告関連
- TBWA/JAPAN(国内担当広告代理店。日本を含む世界市場における担当広告代理店TBWAワールドワイドの日本法人)
- TBWA/CHIAT/DAY(アメリカ国内担当広告代理店)
- 博報堂/G1(前述のTBWA/JAPAN同様に国内担当広告代理店。TBWAと博報堂の合弁会社)
- ミス・フェアレディ
- 東京ディズニーリゾート(公式スポンサーだったが、2006年9月3日付で契約を解消した。)
- 世界の恋人
イメージキャラクター・CM曲
企業CM・キャンペーンCM
- 創立50周年記念・イメージキャラクター
- 「日本全国日産デー」キャンペーン・イメージキャラクター
- 日産店系列販売会社・イメージキャラクター
- とんねるず(1991-1992年)
- 日産ビジネスカー・イメージキャラクター
- 都はるみ(1990-1991年)
セダン各車種
- シーマ
- ナナ・ムスクーリ(FY31型グロリアシーマ・CM曲)
- マリンネ・ヘガンデル(FY31型セドリック/グロリアシーマ後期型・CM曲)
- 青江三奈(FY32前期型・CM曲)
- ロスインディオス・タバハラス(FY33前期型・CM曲)
- バド・パウエル(FY33後期型・CM曲)
- ファットボーイスリム(F50型プロダクトビジョン・CM曲)
- 井上鑑(F50前期型・CM曲)
- セドリック
- グロリア
- ジャック・ニクラス(430型、Y30型)
- 前田美波里(Y31型)
- クリーム(Y33前期型・CM曲)
- 柳ジョージ(Y33後期型・CM曲)
- リチャード・ブランソン(Y34前期型)
- レパード
- 加山雄三(F30型、F31前期型グランドセレクション登場まで)
- ローレル
- 松本幸四郎 (9代目)(C130型)
- 石黒修(C230型)
- ユーベル・ド・ジバンシィ(C31型後期)
- 渡辺貞夫(C32型)
- (CM曲と共に渡辺本人もCM出演)
- (C32型前期型前期のCM曲は、渡辺貞夫と一緒にザ・プレーヤーズも参加)
- ティアナ
- スカイライン
- バズ(Buzz)(C110型・CM曲)
- 富岡健(マイケル富岡)(C210型前期)
- 朝比奈マリア(C210系)
- ポール・ニューマン(R30型)
- 安部恭弘(R30後期型後期・CM曲)
- 岩城滉一(R31前期型後期)
- スペース・フイッシュ(R32前期型前期・CGキャラクター)
- カオマ(R32前期型中期・CM曲)
- シーラ・マジッド(R32前期型後期・CM曲)
- 羽田美智子(R32後期型前期)
- 田中広子(R32後期型後期)
- ジャン・マルク・バール(R33前期型前期)
- 田村翔子(R33前期型前期)
- 山下達郎(R32後期型~R33前期型・CM曲)
- 牧瀬里穂(R33後期型)
- ヴァン・ヘイレン(R34前期型・CM曲)
- 10cc(R34後期型・CM曲)
- 渡辺謙(V36型)
- イチロー(V36型)
- マキシマ
- セフィーロ
- (A31中期型はCM曲を担当するが、CMキャラクターの起用は無し)
- 仲谷昇(A31後期型)
- 森公美子(A31後期型初期・CM曲)
- 中井貴一・藤谷美和子(A32前期型)
- 竹中直人・山口智子(A32前期型)
- 菊池桃子・ラサール石井(A32前期型)
- 三浦友和・渡辺満里奈(A32前期型)
- 奥田瑛二・賀来千香子(A32前期型)
- 村田雄浩・桜井幸子(A32前期型)
- 竹内まりや(A32前期型前期・CM曲)
- 今井美樹(A32前期型後期・CM曲)
- 中山美穂・桃井かおり(A32後期型)(後に西村知美も加わる)
- NOKKO(A32後期型初期~A33前期型初期・CM曲)
- 広瀬香美(A32後期型ワゴン追加発売時~・CM曲)
- 松本孝美(A33前期型)
- チック・コリア(A33前期型・CM曲)
- 溝口肇(A33後期型・CM曲)
- ブルーバード
- オースター
- スタンザ
- 関口宏(T11型)
- プリメーラ
- 小西康陽(P11型前期型・CM曲)
- ファットボーイスリム(P12型プロダクトビジョン・CM曲)
- プレセア
- サニー
- 宍戸錠
- 関口宏
- 松坂慶子(B310型後期、B11型)
- 時任三郎(B11型)
- ザ・ビートルズ(B12型前期型~B12型後期型初期・CM曲)
- 白井良明(B12型前期型・CM曲)
- 南部昌江(B12型後期型・CM曲)
- ジョン・レノン(B12型後期型・CM曲、4ドアセダン「EXシリーズ」・「SUPER SALOON SPLENDシリーズ」・「SUPER SALOON NISMOシリーズ」発売時~)
- 陣内孝則(B13前期型前期)
- 久石譲(B13前期型前期・CM曲)
- 伊丹十三(B13前期型後期)
- ピーター・ポール&マリー(B13後期型前期・CM曲)
- 一色紗英(B13後期型後期、B14型前期型後期~B14後期型前期)
- 喜納昌吉とチャンプルーズ(B13後期型後期・CM曲)
- 織田哲郎(B14前期型前期・CM曲)
- GWINKO(B14前期型前期・CM曲)
- ランディ・バース(B14後期型)
- キャロル・キング(B14後期型・CM曲)
- 柄本明(B14後期型後期)
- 風吹ジュン(B14後期型後期)
- 大貫妙子(B15前期型・CM曲)
- 吉田日出子(B15後期型・CM曲)
- パルサー
- ラングレー
- リベルタビラ
コンパクト・軽自動車各車種
- マーチ
- 近藤真彦(K10型前期型・中期型)
- プロパ・ガンダ(K10型中期型・CM曲)
- 吉良知彦(K10型中期型・CM曲)
- エルトンジョン(K10型中期型・CM曲)
- 野力奏一(K10型後期型・CM曲)
- 東京スカパラダイスオーケストラ(K10型後期型・CM曲)
- カヒミカリィ(K11型前期型・CM曲)
- 三井ゆり(K11型前期型)
- 奥田智彦(K11型前期型)
- 岩下清香(K11型中期型・CM曲)
- 寺本リエ子(K11型中期型・CM曲)
- 高橋アキ(K11型中期型・CM曲)
- ファットボーイスリム(K12型プロダクトビジョン・CM曲)
- フリッパーズ・ギター(K12型前期型・CM曲)
- 山口倫(K12型中期型)
- 土屋アンナ(K12型中期型・CM曲)
- キューブ
- 草野仁(Z10前期型)
- 河相我聞(Z10前期型)
- Dragon Ash feat. UZI-KEN(Z11中期型・CM曲)
- 絢香×コブクロ(Z11後期型・CM曲)
- ナナムジカ×のだめオーケストラ(Z11後期型・CM曲)
- Superfly×JET(Z11後期型・CM曲)
- Haru×Daniel powter(Z11後期型・CM曲)
- ノート
- Spontania(E11前期型・CM曲)
- The World of GOLDEN EGGSのキャラクター(E11後期型)
- モコ
- BONNIE PINK(2代目前期型・CM曲)
- 竹下玲奈(2台目前期型)
スポーツ系各車種
ステーションワゴン各車種
- ウイングロード
- ナインティナイン(Y10型)
- 江角マキコ(Y10型)
- 奥田民生(Y10型前期・CM曲)
- マイリトルラバー(Y10型後期・CM曲)
- 小池葵(Y11型前期)
- 市川実和子(Y11型前期)
- ベンガボーイズ(Y11型前期・CM曲)
- ブラン・ヴァン3000(Y11後期型後期・CM曲)
- レニー・クラヴィッツ(Y11後期~Y12現行前期・CM曲)
ミニバン各車種
- ラルゴ
- レニー・クラヴィッツ(W30前期型・CM曲)
- 吉田拓郎(W30後期型前期・CM曲)
- 矢沢永吉(W30後期型後期・CM曲)
- プレーリー・リバティ(後にリバティに車名変更)
- ティーノ
- ローワン・アトキンソン(V10型前期。Mr.ビーンとして出演)
SUV各車種
- エクストレイル
- ザ・クラッシュ(T30前期型・CM曲)
- メガデス(T30後期型初期・CM曲)
- MXPX(T30後期型中期・CM曲)
- オフスプリング(T30後期型後期・CM曲)
- SEIJI(ギターウルフ)(ナレーション)
- ケミカル・ブラザーズ(T31前期型・CM曲)
商用車各車種
- 日産ビジネスカー・イメージキャラクター
- 都はるみ(1990-1991年)
提供番組関連
現在
日本テレビ系
TBS系
- 中居正広の金曜日のスマたちへ(同業のSUBARUもスポンサーになっている。)
- ブロードキャスター
- どうぶつ奇想天外!
フジテレビ系
- ニュースJAPAN(隔日)
- はねるのトびら(フジテレビとのタイアップで、番組のレギュラーメンバーが出演するCMを共同制作。CMに出演しているドランクドラゴンの塚地武雅がエルグランドを実際に購入している。)2007年1月3日放送のお正月SPでは、「We Family Viva Minivan」というキャッチコピーが加わっていた(通常の放送では各社だが、この日はメインスポンサーだった)。ちなみに、板倉俊之、西野亮廣は当メーカーの所持者である。
- とんねるずのみなさんのおかげでした(筆頭スポンサー。2004年ごろから2006年9月までは30秒枠だった)
- ベリーベリーサタデー!(提供クレジットはシルフィの表記)
- 土曜プレミアム(メインスポンサーだが「日産自動車」と読まれる)
- エコラボ〜もったいない博士の異常な愛情(1社提供)
- 土曜ドラマ
- ジャンクSPORTS(同業者の本田技研工業もスポンサー)
テレビ朝日系
- テレ朝系水曜21時枠刑事ドラマ(はぐれ刑事純情派、さすらい刑事旅情編、はみだし刑事情熱系、相棒、PS -羅生門-など)
- いきなり!黄金伝説。(30秒提供)
- 週末ナイトドラマ(テレビ朝日のみのスポンサー)
- やべっちFC~日本サッカー応援宣言~(30秒提供)
テレビ東京系
過去
日本テレビ系
- 流星人間ゾーン(スカイラインが使用された)
- 天才・たけしの元気が出るテレビ!!(末期)
- あぶない刑事(レパード、セフィーロ、グロリア等を使用。)
- 誇りの報酬(ローレル、スカイラインが使用された)
- NNNきょうの出来事(平日版で隔日)
- 特命リサーチ200X
- ワールド☆レコーズ
- NTV土曜ドラマ(2004年秋から2006年秋まで)
- MOCOカメッ!
TBSテレビ系
- 月曜ロードショー
- 8時だョ!全員集合(1984年10月から1985年9月の番組終了までの筆頭スポンサー)
- ザ・ベストテン(1985年10月から1989年9月の番組終了までの筆頭スポンサー)
- ギミア・ぶれいく
- 音楽派トゥギャザー
- 怪傑黄金時間隊!!
- いきなり!クライマックス
- 金曜ドラマ(2005年4月から2006年9月まで提供)
- 水曜プレミア
フジテレビ系
- 料理の鉄人(初期は1社提供、末期は同社を含む複数社提供)
- 上品ドライバー(1社提供)
- ニュー・デザイン・パラダイス(1社提供だがCMは複数社。日産ギャラリーでのイベントなど、数々のタイアップ企画も行っている。)
- 禁じられた遊び
- お厚いのがお好き?
- フジテレビ火曜9時枠の連続ドラマ(2004年10月から2005年3月まで提供)
- 水10!(2006年10月より30秒提供に縮小。2007年3月をもって降板)
- カワズ君の検索生活
- ジャンクSPORTS
- スタ☆メン
- 新堂本兄弟(2006年10月から12月まで提供)
- FNNニュース(筆頭スポンサー。日曜日の深夜のみで、5分間の短縮版には提供せず。2007年3月まで提供。)
- アイデアの鍵貸します(1社提供)
テレビ朝日系
- 西部警察
- 私鉄沿線97分署
- 特別機動捜査隊
- 特捜最前線
- ヤング歌謡大賞・新人グランプリ(ABC全国ネット)
- モダン・プラス(モダン・リビング期は日産・ティアナ名義、番組名がモダン・プラスに替わった後期はティアナ、シルフィ、ティーダ、ラティオのローテーション)
テレビ東京系
その他(ラジオ等)
- パックインミュージック(初期のみ)
- 朝のファンファーレ(日産グループもスポンサーに名前を連ねた)
- 日産ことばのおもしろ辞典
- サラリーマン情報
- 日産フラッシュジャーナル→日産ラジオナビ→NISSANビジネスサポートトピックス
- 日産ラジオナビ スポーツ最前線
- NISSAN HIT POP JAPAN
- SHIHOのNISSANナチュラル・パレット
- NISSAN あ、安部礼司~BEYOND THE AVERAGE
- にっぽん診断・NISSANなるほどステーション
- NISSANナマ生ステーション
- ランチリクエスト - ニッポン放送制作番組で全国ネットスポンサーにより、ヒッチハイク扱いされている。
- ポップ対歌謡曲(ABCラジオ)
- サッカー日本代表(オフィシャルスポンサー)
- Elegant Time Concert(東京MXテレビ)
- TOKYO GOLF NAVIGATION(東京MXテレビ)
- NISSAN SUNDAY STATION 三宅裕司 みんなのヒット!ベスト20+10(ニッポン放送)
- NISSAN 全国おとな電話相談室(TBSラジオ)
冠大会
- ニッサン童話と絵本のグランプリ
- ニッサングリーンカップ・全国草野球大会 (廃止)
- ニッサンオープン (米国で行われるゴルフトーナメント)
- X-TRAIL JAM
- コパ・スダメリカーナ
- 国際千葉駅伝(特別協賛・担当)
- 横浜国際女子駅伝(特別協賛・担当)
その他
栃木県警察 荻原克彦 荻原孝昭
外部リンク
- 公式
- その他
