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農業協同組合

農業協同組合(のうぎょうきょうどうくみあい、農協、略称:農協(のうきょう))は、日本において農業者(農家および小規模農業法人)によって組織された協同組合

なお、全国農業協同組合中央会が組織する農協グループ(総合農協)を、JA(ジェイエイ、Japan Agricultural Cooperativesの略)と呼ぶ[1]

以下では特に断り書きがない限り、全国農業協同組合中央会が組織する農協グループ(以下、JAと略す)について述べる。

目次

特色

農業の指導や流通支援、金融活動など、多岐にわたる活動を行う(後述の#事業内容も参照)。また、その規模、組織力は、世界の農協の中でも、有数で特異なものとなっている[1]

加入者は、大半が零細の米作農家である。そのため、JAは米を中心に活動を行っている[1]

農水省は、最初はJAの存在が本来の農業協同組合のものではないとして否定的であったが、次第に農業政策の下部組織として使うようになる。このため、自発的な会員組織としての性格は薄く、政府を頂点とする上意下達のための組織と見る向きもある[1]

農水省との関係

農林水産省の出先機関として活動するJAには、いくつかの特権が与えられた。例えば、通常の金融機関は兼業が厳しく制限されているのに対し、JAは幅広い業務を行える[1]

また、JAは組織率が非常に強力だったため、ほとんどの農家はJAの会員になっており、地方において強力な票田となっていた。この票田としての力を背景に、JAは政治活動を行うことになる[1]

ただし、金融自由化などがきっかけとなり、農水省は次第にJAと距離を取ろうとする態度に次第に転じていった(金融自由化で次第にJAの特権が無くなる中で、不良債権問題等が出たときの責任を取らされる恐れがあるため。住専問題のときには政治力が行使できたが、JAに票田としての力がなくなってきたため、政治力が行使しづらくなっているという背景がある)[1]

農政研究者との関係

働き口等の関係から、JAの活動を支持・肯定する研究者が多い[1]

歴史

農業協同組合の前身は、明治時代(1900年)に作られた産業組合にさかのぼる。太平洋戦争中、生産物を一元的に集約する目的で「農業会」という統制団体に改組された。

戦後の農地改革の一環として、GHQは欧米型の農業協同組合(行政から独立しており、自主的に組織できる)を作ろうとした。だが、当時の食料行政は深刻な食糧難の中で、食料を統制・管理する必要があった。そのため、1948年(昭和23年)、既存の農業会を改組する形で農協が発足した[1]。その際に、「協」を図案化した円形の「農協マーク」が制定された(地方の古い農業倉庫などに「農協マーク」が残っている場合がある)。1992年4月から「農協マーク」に代わり、「JA」の名称や「JAマーク」を使い始める。

農協の目的と組合員資格

農業協同組合法によって定められており、農業生産力の増進と農業者の経済的・社会的地位の向上を図るための協同組織とされている。組合員は、正組合員と准組合員とに分かれる。正組合員資格は農業を自ら営む、農業者に限られ、組合員が一人一票の平等の議決権を持つことや役員総代になる権利及び正組合員の5分の1以上の同意を得て臨時に総代会を開くよう請求することができるほか組合員全員に組合の事業を利用する権利が生まれまる。

これに対して、農家でない人でも、JAに加入手続きをして承諾され、出資金の払込みをすることで准組合員となり、JAのいろいろな事業を利用することができる。ただし、JAでの選挙権などはない。


組合員資格のない組合員問題

組合員が資格を満たしているかのチェックはほとんど行われていない。その結果、2000年代には、本来であれば資格を持たないはずの組合員が、100万はいるという[1]

事業内容

事業内容は多岐にわたるが、主要事業(いわゆる「農協3事業」)として次の3つが挙げられる、

経済事業
信用事業(通称・JAバンク。旧称・農協貯金→JA貯金)
  • 営農指導
  • 貯金、貸付、証券業の取り扱い(このため農協は小切手法においては銀行と同視されている)
共済事業(通称・JA共済。旧称・農協の共済)

大部分の農協では担当部署に関係なく、全職員が事業の推進(営業活動のこと)を行っている(特に農協3事業)。中でも利益率の多さから特に共済事業に力が入れられ、それは営農担当者などの本来担当している業務の遂行を圧迫するほどで、問題視する声も多い。

そのほか、組合員向けの冠婚葬祭(主に葬儀(JA葬祭))事業、高齢者福祉事業、観光・旅行事業(農協観光)、市民農園、郵便窓口業務の受託(簡易郵便局)などが行われ、「農協で扱ってない事業があるならば、風俗とパチンコぐらい」と言われほど多岐に亘る。また、農協婦人会等による生活改善運動は農村の食生活や生活の工夫など教育の場として発展して来た。

事業内容が多岐に亘ることで「農協簿記」という特殊な簿記も用いられる。他業務をカバーする勘定科目を使い、なおかつ購買や販売当については独自の勘定科目名称を用いる。

東京都御蔵島村の御蔵島農協のように、地域農協だが、信用事業を行っていないところもまれにある。 また、宮城県農民の家農協は農民運動活動家が組織した組合で、利用事業として温泉のみを経営する特殊な組合である。

全県1農協を目指しての合併促進がされているところもあり、沖縄県・奈良県などはすでに実現した。

総合・専門農協

個別の農協(単位農協)には、地域の農業者が集まった(出資)総合農協のほか、同じ生産物の農家だけが集まった専門農協(例:園芸農協)もある。2005年2月現在、887の総合農協に約515万人の正組合員がいる。

なお、農業者でなくても、准組合員として加入(出資)することで全ての事業が利用可能である。准組合員になれるのは基本的に、各農協の管轄する地区に居住している人に限る。ただし、地区外でも勤務地が地区内にあれば准組合員になれることもある。

また、全く出資をしていなくとも一定の事業(信用事業の一部・共済事業・Aコープ店など)は組合員外利用として、正組合員利用の20%以内で誰でも利用することが出来る。

功罪

神門は、JAのメリットとして以下の二つをあげている[1]

自民党政権に、政策のフリーハンドを与えた
1950~60年代は、農業従事者が全労働人口の3分の1を占めていた。JAが自民党を支持していたことにより、自民党は非第1次産業に対し、比較的フリーハンドで政策を立案、運営することができた(支持基盤が安定しているため、特定の産業を優遇する必要もなく、敵に回しても問題がない)。
所得の再配分を行い、社会の歪みが生じるのを防いだ
高度成長期にJAが政治活動を通じて農家への所得再配分を誘導した結果、農家 - 非農家の所得格差を是正した(戦前の農家 - 非農家の所得格差は約0.3だったのに対し、戦後は約0.7とだいぶ緩和されている)。このため、例えば2000年代の中国のように農家の所得格差が社会問題化せず、社会の安定に貢献した。

JAは、体質として法令違反を非常に行いやすいものとなっている。その理由として、以下を挙げている[1]

  • 会員に、零細農家が多い … 意識が低いため、少々の不祥事があっても、何でも頼めるJAを頼る
  • 行政との一体化 … 実質的に農水省の下部組織として活動しているため、何かあっても救済がある
  • 日常的に違反(もしくはすれすれ)の行為を行う農家がいるため
  • JAの事業には、初めから法令違反を前提としたものがある … 米流通は、闇流通の米を前提にしなければ回らない代物となっていた
  • 一地域一JAという体制は、一地域における独占状態を招く。そのため、意識がゆるむ

組織

事業ごとに次の全国組織および都道府県組織がある。なお専門農協は「専門農協」の項を参照。

  • 農林中央金庫 - 農協、漁協貯金の中央金庫(運用機関)
    • 都道府県信連 - 信用事業、都道府県ごと

各全国組織は、会員である単位農協および連合会が出資している協同組合組織(全国農業協同組合中央会および農林中央金庫を除く)であり、一般的な株式会社の親会社、子会社とは関係が異なる。最近ではJA全農と各都府県経済連の合併が行われ、全農本体の都府県本部が「JA全農○○(○○には都府県名が入る)」として経済事業、販売事業、購買事業の都道府県組織となる例も多い。

関連企業

ほか

出資該当企業

主なキャラクター

JAバンク

JA共済

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 『日本の食と農』 神門善久著 NTT出版 2006年6月
[ 農業協同組合 ]の改訂履歴 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』
Text is available under GNU Free Documentation License.

関連リンク


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